首掛欅 (くびかけけやき)
天正六年(1578)三月、明智光秀は草山の鼓峠で敵勢に襲われた。
その際、家来の堀兵太夫という武士が、光秀の身代わりとなって討ち死にした。
兵太夫の首は峠の麓にある欅の木にかけられ、胴体はその根元に埋められた。
このことから、首をかけた木は首掛欅、胴を埋めた所は兵太塚と呼ばれるようになった。
欅は年々大きく生長し、いつしかこの木を切れば祟られると噂になり、枝の一本さえ伐る者はいなかった。
だが欅は明治の初期に伐採されてしまい、今は兵太塚の場所もわからなくなっている。
『多紀郷土史考 下巻』「旧草山村(現西紀村の内)」より
切った時に祟りはなかったんでしょうか。
伝承地:丹波篠山市栗柄・鼓峠