小野木重勝の祟り (おのぎしげかつのたたり)


本町の寿仙院の裏に戦国武将・小野木重勝の墓がある。
重勝は福知山城の城主だったが、慶長五年(1600)の関ヶ原の戦いで西軍に組して破れ、同年十一月十八日に寿仙院で自害した。
遺体は寿仙院に葬られたが、その後、春顔という住職が重勝の墓を破壊した。
すると寿仙院に火事が起こり寺は全焼、春顔も焼死した。
火事は重勝の命日の十一月十八日に発生したため、人々は墓を壊した祟りだと噂し、恐れ戦いたという。

『丹波の伝承』「壽仙庵と小野木公知の墓」より


伝承地:亀岡市本町・寿仙院