大将軍稲荷 (たいしょうぐんいなり)
昔、福知山に非常に強い力士がいたが、その力を頼りに横暴な振る舞いをして人々を苦しめていた。
そこで人々は村の強くて柔和な若者に、この悪い力士を相撲で負かしてほしいと依頼した。
若者は人々の頼みを引き受け、福知山の御霊神社の土俵で相撲を取り、悪い力士を投げ殺した。
その後、若者は相手の弟子たちの報復を避けて本庄(京丹波町)に移り住み、そこで多くの人のために尽くしたという。
後に若者は稲荷の化身であったことがわかり、本庄の人々は“大将軍稲荷”として同地に祀った。
この稲荷は賽銭よりも相撲の観戦を好むため、人々は祭日になると社の前に土俵を作って相撲を奉納したという。
また、一度この稲荷の社を北の愛宕山に遷座したことがあったが、毎夜山の木々が騒いで人々を脅かすので、元の場所に戻したという話も伝えられている。
『和知町 石の声風の音』「大将軍稲荷大神宮」より
その他、丹波・丹後地域に伝わる稲荷が力士に化けるお話。
舞鶴市→岩窪三太夫/穴うろ三太夫
丹波篠山市→負けぎらい稲荷
昔は境内に篠竹が生えていたそうですが、周囲の田畑に侵入することはなかったんだとか。
神社の西側には綺麗に整備された芝生の相撲場らしきものがありました。
伝承地:京丹波町本庄・大将軍稲荷神社

