鳥海弥三郎 (とりみやさぶろう)
上千原の矢取神社は、祭神に鳥海弥三郎を祀っている。
鳥海弥三郎は平安時代後期の武将で、奥州・金沢棚の合戦(後三年の役)において鎌倉権五郎景政(*)と戦ったという。
その時、弥三郎は腰に矢を射られ、白鳥に姿を変えて血を流しながら千原の深山に舞い降りた。
それを見た村人が祀り始め、その後、山にあった社は上千原に移されたという。
また田和には、敵方であった鎌倉権五郎を祀る有徳神社がある。
そのため、古くから敵同士を祀る千原と田和の人は結婚しなかったという。
もし結婚すれば、様々な凶事が起こると言い伝えられている。
『天田郡志資料 上巻』「矢取神社」
『夜久野町史 第一巻(自然科学・民俗編)』「上千原の矢取神社」
『両丹日日新聞』平成六年十二月二十六日「ふるさとのお宮さん」より
(*)鎌倉権五郎景政…平安時代後期の武将。後三年の役で敵方の鳥海弥三郎に矢で右眼を射られても戦い続けた猛者。仲間が権五郎の顔に足をかけて矢を抜こうとしたら「敵の矢で死ぬのは本望だが、生きながら顔を踏まれるのは恥辱の極み」と言ってブチ切れたんだとか。(『日本古代中世人名辞典』)
昔は腰痛に悩む人が矢を奉納して回復を祈願したそうです。
田和地区の有徳神社。鎌倉権五郎景政とその母を祀っています。
田和では十月二十日に蒸した小麦一升を神社に供える風習があり、醤油を作る時にその小麦を入れれば腐らないと言われています。
伝承地:福知山市夜久野町千原・矢取神社(有徳神社は福知山市田和に鎮座)

