嫁が降る (よめがふる)*
慶応三年(1867)十二月三十日の夜更け、岩滝藪後町に住む前田佐蔵の家の玄関戸を叩く者があった。
佐蔵が外を覗くと、髪を振り乱し、紅木綿の腰巻だけの女が、剣先型の神札を手に裸足で立っていた。
その夜は吹雪で、外は雪が積もっているにもかかわらず、庭に女の足跡はなかった。
佐蔵は驚いたが、とりあえず女を家に入れて布団に寝かせ、近所の人々に身元を確かめてもらった。
女は西光寺下の安田磯右衛門の娘「きみ」であることがわかったが、磯右衛門は「きみは家の納戸で寝ているはず」と訝しんだ。
だが安田家の納戸を確認すると、寝床はもぬけの殻だったという。
家の裏口には下駄が脱ぎ捨ててあり、きみが飲み干した後の空の酒徳利が転がっていた。
当のきみは「寒い」と訴えて布団を重ねてもらい、酔い覚ましに水を飲んで朝まで眠ったという。
これは神様がきみを連れ出し、川裾の森で全身を洗った後、天狗が空を飛んで佐蔵の家の玄関まで運んできたのだろうと評判になった。
神様の思し召しに背くわけにはいかないということで、そのまま佐蔵ときみは夫婦になり、末永く幸せに暮らしたという。
『岩滝町誌』「嫁の降った話」より
ちなみにこの事件が起こる前、きみは蒲田久左衛門という男との縁談が決まっていました。
ですが前田佐蔵が抗議したことで縁談は解消になってしまったそうです。久左衛門かわいそう。
伝承地:与謝野町岩滝