志賀の七不思議 (しがのななふしぎ)


志賀郷地区には“志賀の七不思議”という、花や木にまつわる伝承が残されている。
用明天皇の時代(585年頃?)、丹後に棲む鬼を退治した金丸親王(麻呂子親王)は志賀郷の五つの神社(藤波・金宮・向田・若宮・諏訪)を厚く崇敬し、その子孫の金里宰相が千日詣を行い、成就を祝って藤・茗荷・竹・萩・柿を各神社に手植えした。
それ以来、五社と向田にある二本の松に、様々な奇瑞や霊験があらわれるようになったという。

①藤波大明神の藤の花
藤波神社では、毎年旧暦一月一日に藤の花が咲くという。
かつて神社では正月に咲いた藤の花を箱に入れ、宮廷に献上する行事があった。
正安元年(1299)のこと、例年通り飛脚に藤の花が入った箱を持たせ上京させた。
だが途中の船井郡園部水戸の峠(観音峠)で、飛脚は箱を開けてしまった。
すると藤の花はたちまち一羽の白鷺に変化し、峠の麓へ飛び去った。
これにより藤の花を献上することが出来なくなったので、後伏見天皇は激怒し、位を後二条天皇に譲ったという。
それ以来、この行事は廃れ、正月に藤の花が咲くこともなくなったという。

②阿須須伎神社の茗荷
阿須須伎神社(金宮神社)では、毎年旧暦一月三日の日の出から午前八時までに、神前の御手洗いの茗荷が三本生え揃うという。
一番目に生えた茗荷は金輪聖王に捧げ、二番の茗荷は宮廷に献上し、三番の茗荷は村人たちの一年の吉凶を占うために使われた。
茗荷の生える遅速により、早稲・中稲・晩稲を見定め、その年の田畑の出来栄えや旱魃、水害などを占うという。
茗荷を宮廷に献上する風習は廃れているが、占いの神事は現在も二月三日に行われている。

③篠田神社の筍
篠田神社(向田神社)では、毎年旧暦一月四日の日の出から午前八時までに、境内の竹から筍が三本生えるという。
阿須須伎神社と同じく、生えた三本の筍でその年の耕作や風水害などを占うという。

現在は二月四日に占いの神事が行われている。

④若宮神社の萩の花
若宮神社では、毎年旧暦一月五日の日中に萩の花が咲くという。
花の多寡でその年の吉凶を占い、おびただしく咲いた年は吉、花が少ない年は凶と伝えられている。
かつてはその時に咲いた萩の花を神前に納めていたが、現在その風習は廃れている。

⑤諏訪神社の柿
諏訪神社では、毎年旧暦一月六日の午前十時になると、境内の柿の木に実が三つ成るという。
更にそれらの柿は日中になるにつれ色艶が良くなっていくという(七色に輝くとも)。
柿は「御所柿」「五色の柿」などと呼ばれ、昔は毎年宮廷に献上されていた。
正和元年(1312)のこと、例年通り柿を献上するため、箱詰めにして飛脚が京へ運んでいた。
だがその途中、飛脚は喉の渇きを覚え、船井郡須知(現・京丹波町)の民家で茶を飲んだ。
すると突然腹痛に襲われ、同時に柿の入った箱が北の空へ飛び去った。
これは、本来ならば精進潔斎して「火の食い合わせ(火を通さず飲食する戒律。「火の物断ち」のこと?)」をせず都へ入らなければならないのに、途中で火で温めた茶を飲んだため、柿の霊験が失われたからだという。
それ以来、正月に柿の実は成らなくなったという。

⑥向田のしずく松
向田にあった古松は、毎年旧暦一月六日の午前十時になると、梢から雨のように雫を降らせたという。
この時の雫の多寡によって旱魃や水害を占い、耕作の指南をしたという。
だが天正年間、明智光秀が福知山城の建材にするため、この松を伐ろうとした。
ところが何度伐り倒しても、夜になると伐った木材が寄り集まり、朝には元の松に再生して伐ることが出来なかった。
怒った光秀は松を一片ずつ伐っては燃やしていき、最終的に幹だけを残して全て焼き捨ててしまったという。

⑦向田のゆるぎ松
向田の「しずく松」の対面に「ゆるぎ松」という古松があった。
毎年旧暦一月七日の日の出から日中の間に、この松の上の葉が揺れれば都に吉事が、下の葉が揺れれば凶事が起こると言われていた。
松は志賀郷に吉凶がある時も揺れたが、普通の人には揺れを知ることが出来なかったという。
だがゆるぎ松もしずく松と同様に、明智光秀によって伐り倒されたと伝えられている。

『丹波志 何鹿郡之部』「七不思議」
『何鹿の伝承』「志賀の七不思議」
『綾部の民話・伝説』「白サギになった藤」より



今回は綾部市の志賀郷地区に古くから伝わる“志賀の七不思議”をまとめて紹介しました。
正月二日にも伝承があり、『綾部市史 上巻』には、⑤の柿は六日ではなく二日に実が成るという話や、二日には別所町の御用柳坪という所にある柳に七色柳の花が咲く、という話が載せられています。
また『塩見藤左ヱ門文書』では⑤の「柿」が「絵馬」に、『あやべ昔話抄』では「柿」が「七色柳」に変わっていたりと、細かな違いが見られます。
『口丹波口碑集』には、③の筍の一番長く伸びたものを桐の箱に収めますが、その時、何故か前年に入れたはずの筍が消えている、という不思議な話も載せられています。
他にも、別所町には宮廷に献上する「御用柿」が成る柿の木がありましたが、旅人が食べたせいで成らなくなった、という話も伝えられています。(『丹波志 何鹿郡之部』)
ちなみに①と⑥は過去に個別で記事にしていますが、今回は“志賀の七不思議”ということで一緒くたに紹介させてもらいました。


伝承地:綾部市西方町(藤波神社)、金河内町(阿須須伎神社)、志賀郷町(若宮神社・諏訪神社)、篠田町(篠田神社)、向田町



2022/1/4 一部加筆修正