山うば (やまうば)


昔、ある修行僧が丹波国の村雲の峠にある一軒家に宿を求めた。
家には十二、三歳の子供と、七十歳余りの凄まじい形相の老婆が住んでいた。
僧は部屋に通された後、静かに読経を続けていたが、深夜になると納戸から魚の骨を噛むような音が聞こえた。
不思議に思い戸の隙間から覗くと、老婆と子供が夢中で死人の腕を貪っていた。
肉の部分は子供が、骨は老婆が食べており、それを見た僧は「これは“山うば”というものだ。あの死体を食べ終えたら次は私を食べに来るだろう」と恐れ戦いた。
だが家から逃げることも出来ず、僧は覚悟を決めて一心不乱に読経し続けた。
やがて二人は死体を食べ終えたが、子供は「まだ足りない。僧を食べたい」とねだった。
老婆は「私もそうしたいが、あの僧は眠ることなく一心に読経しているので隙がない」と子供をなだめた。
だが子供は「どれだけ読経しようが関係ない。私が喰い殺してやる」と言うので、老婆は「お前が行く必要はない。まず私が試してやろう」と僧の部屋へ入った。
一部始終を聞いた僧は老婆を無視して目を閉じ、ひたすらに経を唱え続けた。
そして老婆は僧に襲いかかろうとしたが、突然その姿が不動明王の形に見え、近づくことが出来なくなった。
更に僧の読経は老婆の体の節々を苦しめ、遂に耐えられなくなって部屋から逃げ出した。
そうしている内に夜が明けたので、僧は名残惜しそうに見送る老婆と子供に「縁があればまた来ます」と言って家を後にした。
僧は経文の功徳によって、山うばから逃れることが出来たのだという。


『太平百物語』「経文の功力にて化物の難逃れし事」より


伝承地:丹波篠山市向井(旧・村雲村)