王地山の稲荷 (おうじやまのいなり)
王地山稲荷神社の稲荷は、戦争が起これば直ちに出征すると言われており、明治十年(1877)の西南戦争にも出征したという。
一人の稲荷が千人に見えるので、敵は鉄砲を撃つことが出来なかったという。
また、王地山稲荷のオツカハシメ(神の使い)の狐が夜に鳴くと、付近一帯の村は火事になると言われており、村中でお日待ち(*)をする風習がある。
俗謡にも「師走狐は打ってでも啼かせ 間の狐は火にたたる」と唄われている。
『旅と伝説』11巻1号「銃後の民俗」より
(*)家に籠もって徹夜で日の出を待つ行事。
この他、王地山には神社の稲荷が力士に化けて相撲を取る話も伝えられています。
伝承地:丹波篠山市河原町・王地山まけきらい稲荷神社