毛虫の大坊主 (けむしのおおぼうず)


嘉永七年(1854)四月六日、御所のある公家の屋敷で奉公していた娘が、主人の留守中に一人で風呂を沸かしていた。
ふと傍らを見ると、三、四寸(約9~12cm)もの大毛虫がいたので、娘は火箸で挟んで風呂の竈にくべた。
すると煙出しから風呂の屋根に上がった煙が、緋色の法衣を着た大きな坊主になり、ピョイピョイと屋根から屋根へと飛び回った。
その大坊主が止まった所からは火が出て、皇宮を始め京の町を焼き尽くす大火事となった。
娘は罪を恐れて古井戸に身を投げたが、空井戸だったため四日後に救出され、失火罪として島流しになった。
だが明治維新で娘は赦免され、出身の浄土寺村へ戻った後、鹿ヶ谷法然院に仕え僧侶の法衣を縫うようになった。
娘は縫い方にわからないところがあれば、鹿ヶ谷村の裁縫の師匠に習いに来ていたが、その時、寺子の娘たちに懺悔話として嘉永の大火のことをよく話したという。

『郷土趣味』3巻9号「京都洛東 鹿ヶ谷雑話」より


伝承地:京都市上京区京都御苑(仙洞御所付近?)