圓光寺の多羅樹 (えんこうじのたらじゅ)
天正七年(1579)八月九日、黒井保月城は明智光秀に攻められ落城した。
その夜、圓光寺の鉄山禅師は境内に人の気配を感じ、庭を窺ったところ、姉妹と思われる二人の美しい姫が荒武者に暴行されていた。
助けようにも人手はなく、自身は病で動くことが出来ない。鉄山は心の中で読経しながらやがて意識を失った。
次に目覚めた時には既に荒武者の姿はなく、無念と苦悩に満ちた表情の姫たちの死体が横たわっていた。
鉄山は姫たちの亡骸を埋葬すると、そばに生えていた多羅樹(タラヨウ)の枝を卒塔婆にして懇ろに供養した。
すると翌年の春、まるで姫の魂が乗り移ったかのように多羅樹の枝は芽を吹き、葉を生い茂らせた。
その後、鉄山の枕元に二人の姫が現れ、多羅樹の横に淡島大明神を祀ってほしいと告げた。
そして鉄山は多羅樹の横にお堂を建て、淡島大明神を奉祀したという。
淡島大明神は性病や婦人病に霊験があるといわれ、病に悩む男女が多く参拝したという。
また、村のある男は叶わぬ片思いに悩んだ挙げ句、物干しから思い人の肌着を盗み、それを鈴の緒として百日間神社に参拝したところ、恋が成就したという話も伝わっている。
『由緒を尋ねて』「圓光寺の多羅樹」より
案内板によると、このタラヨウはこれまでに何度も枯れたり折れたりしましたが、不思議とその度に芽を吹いて甦ったそうです。
伝承地:丹波市春日町多田・圓光寺

