古藤の森の大蛇 (ふるふじのもりのだいじゃ)
西方寺村の小嶋家ゆかりの神社付近に大きな池があり、その周囲は大木と古い藤に覆われていた。
そこは「古藤の森」と呼ばれ、いつからか大蛇が棲みつき、村人たちを脅かしていた。
文明五年(1473)十月、西方寺村に疫病が蔓延し、多くの村人が床に伏した。
疫病は古藤の森の大蛇の仕業だと考え、村人たちは大蛇を退治し、大木や古藤を伐り倒して焼き払い、池を埋めた。
だが疫病は一向に治まらず、かえって悪化した。
そこで小嶋家の当主は村の若者を集め、妖怪・病魔退治の行事を始めた。
これが正月十四日に行われる「狐狩り」の始まりと言われている。
『ふるさと岡田中』「古藤の森(西方寺)」より
西方寺の狐狩りは、一月十四日に村の男子が火縄を振りながら法螺貝・鐘・太鼓を打ち鳴らし「狐狩りは候、わいらがなんじゃい候」と大声で叫びながら村中を練り歩くという行事です。
また家々からは猟銃で空砲を撃ったり、焚き火の火を空に投げたり、狐に見立てた古い鍋掴みを外に放り出したりして行事を盛り上げたそうです。派手ですね。
ですが第二次大戦末頃から徐々に下火になり、現在は途絶えてしまっています。
伝承地:舞鶴市西方寺