鬼ヶ城の赤鬼と青鬼 (おにがじょうのあかおにとあおおに)


昔、鬼ヶ城という山に赤鬼と青鬼が棲んでいた。
だが山からの眺めが悪いということで、鬼たちは向かいにある愛宕山の突き出た部分を取り、鬼ヶ城まで持って来ようと考えた。
早速鬼たちは愛宕山の半分をちぎって運ぼうとしたが、山はあまりにも重く、途中で休憩を挟んだ。
その時、鬼たちは鉄棒を地面に深く突き刺して休憩したので、引き抜いた時に大きな穴が開いてしまった。
休憩の後、鬼たちは再び山を背負って歩き出したが、その重さに耐えきれず、鬼ヶ城まで運ぶことを諦め、石本という所に山を置いて帰って行った。
それが石本地区にある「地光寺山」と呼ばれる小山だという。
また、鬼たちが休憩時に開けた大穴は、後に深い井戸になったと伝えられている。

『福知山の民話と昔ばなし集』「地光寺山と石本」より


地光寺山
上天津の石本地区にある地光寺山は標高80m程の小さな山です。
かつてこの小山の頂上に地光寺という寺があったことから、地光寺山と呼ばれているそうです。
写真の右側奥に見える一際大きな山が鬼ヶ城で、『丹哥府志』によると、酒呑童子の一味の茨木童子が棲んでいた山だと伝えられています。
ちなみに写真には写っていませんが、愛宕山は地光寺山の西側、国道176号線を挟んだ所にあります。


伝承地:福知山市上天津(地光寺山)、牧(愛宕山)、同市大江町南山(鬼ヶ城)