澄まずの池 (すまずのいけ)
①
昔、神池寺では、夕方の鐘を撞きに行った小僧が行方不明になることが続いていた。
寺の坊主は不思議に思い、ある日、鐘撞きに行く小僧を陰から見張っていた。
すると鐘撞き堂のそばの池から大蛇が姿を現し、小僧を呑み込んで再び池の中へ消えて行った。
相次ぐ失踪は大蛇の仕業だとわかり、坊主たちはこれを退治するため、小僧に似せた猛毒入りの人形を作って鐘撞き堂へ運んだ。
すると大蛇が姿を現し、人形を呑み込んで池の中へ潜った。
やがて毒に侵された大蛇は水中をのたうち回り、池の水を血で赤く濁らせた。
やがて毒に侵された大蛇は水中をのたうち回り、池の水を血で赤く濁らせた。
こうして大蛇は姿を消したが、それまで水底が見える程透き通っていた池は赤茶色に濁ってしまった。
それ以来、池は「澄まずの池」と呼ばれるようになった。(『郷土の民話(丹有編)』)
それ以来、池は「澄まずの池」と呼ばれるようになった。(『郷土の民話(丹有編)』)
②
昔、神池寺の鐘楼に大蛇が現れ、鐘を撞く小僧を次々と呑み込んでいた。
そこで小僧に似せた猛毒入りの人形を作り、大蛇に呑ませた。
大蛇は寺の中腹にある池に飛び込んでのたうち回った後、日ガ奥の雌滝に入り、清水を飲んで猛毒を吐き出した。
すると大蛇は白竜と化し、妙高山に這い登って姿を消した。
それ以来、神池寺の池の水は黒茶色に濁って戻らなくなった。
そのため、池は「しまづ(澄まず)の池」と、また日ガ奥の雌滝は「白竜の滝」と呼ばれるようになった。(『多利郷土誌』)
そのため、池は「しまづ(澄まず)の池」と、また日ガ奥の雌滝は「白竜の滝」と呼ばれるようになった。(『多利郷土誌』)
③
昔、神池寺の大きな池に大蛇が棲んでいた。
大蛇は夕方の鐘が鳴ると池から出て来て、里の美しい娘をさらっていた。
ある時、事情を聞いた旅の坊主が大蛇を退治するため、神池寺へ行って鐘を鳴らした。
大蛇は鐘の音に釣られて水面から顔を出したが、その瞬間、太陽の光を受けて目を眩ませた。
その隙を突いて坊主が斬りつけると、大蛇は池の中でのたうち回って死んだ。
大蛇が死んだ池は今も残っているが、水が澄むことがないため「澄まずの池」と呼ばれている。(『続 おばあちゃんのむかしばなし』)
『郷土の民話(丹有編)』「神池寺澄まずの池」
『多利郷土誌』「白竜の滝」
『続 おばあちゃんのむかしばなし』「澄まずの池」より
神池寺の「澄まずの池」の伝説は「人に害をなす大蛇を退治したら寺の池が濁ってしまった」という流れの話ですが、書籍によってその内容は微妙に違っています。
この他にも、神池寺の池ではなく麓の神社の池に飛び込んでそこの水を濁らせた、というパターンの話も伝わっています。
緑色に濁っていて水の中はほとんど見えませんでした。まさに澄まずの池。
澄まずの池異聞。
→すまずの池(丹波市)
大蛇に火薬入り人形を呑ませて爆殺するお話。
伝承地:丹波市市島町多利・神池寺
