すまずの池 (すまずのいけ)


昔、神池寺の池に大蛇が棲み、何人もの鐘撞き坊主を喰っていた。
そこで寺の僧が硝煙を詰めた人形を作り、池の端に立て置いた。
程なくして大蛇が現れ、人形を呑み込んで山裾の塚原という所まで移動した。
すると硝煙に火が点き、大蛇は体を焼かれながら南村に至り、知乃神社の池でのたうち回って死んだ。
それ以来、池の水は赤褐色に染まり、“すまずの池”と呼ばれるようになった。
その後、人々は知乃神社に大蛇の霊を祀ったという。

『丹波志 氷上郡之部』「知乃神社」
『鴨庄村誌』「すまずの池(南の伝説)」より


神池寺境内の池にも同じ「澄まずの池」の伝承がありますが、今回の話はそれの別パターンです。


知乃神社にいらした地元のお爺さんに「すまずの池」のお話を伺ったところ、池は知乃神社の東側にあったと教えてもらいました。
池はそこまで大きくはないがとても深く、水面はいつも濁っていて底が見えなかったそうです。まさにすまずの池。
周囲は藪がこんもりと茂り、池のそばには大人六人抱えもある大きな杉の木が生えていたとのこと。
ですが昭和四十年か五十年頃に当時の所有者が池を埋め立て、同時に藪も杉も伐採して更地にしたんだそうです。
お爺さんは「神池寺の大蛇が知乃神社まで逃げてきて横の池で死んだ話は小さい頃によく聞かされた」とおっしゃっていました。
地元では結構メジャーな伝説みたいですね。


すまずの池跡地
知乃神社の横にある“すまずの池”跡地。
現在は広場になっています。(写真左側に神社)
ちなみに大蛇が棲んでいた神池寺の池は、知乃神社の南側に聳える妙高山の山頂にあり、池同士は5km程離れています。


知乃神社
知乃神社。
祭神は知奴王命(敏達天皇の子)


大蛇に火薬入り人形を呑ませて爆殺するお話。
竹林寺の大蛇(京丹後市)


伝承地:丹波市市島町南