浅茂川湖の弁財天
(あさもがわこのべんざいてん)*
(あさもがわこのべんざいてん)*
網野の広瀬一族は中世から栄えた豪族で、吉岡姓を名乗った吉右衛門という当主の時代に最盛を極めた。
吉右衛門は廻船問屋を営み、また大地主でもあったため、土地改良や新田作りなどに注力していた。
そんなある夜、浅茂川湖に祀られている弁財天が吉右衛門の夢枕に立ち、相撲勝負を挑んできた。
弁財天は「もし私が負けたら浅茂川湖を全部埋め立てても構わない。ただしお前が負けたら今後湖の埋め立てや新田作りは禁止する。そして私のために大鳥居を寄進しろ」と提案した。
そして両者は相撲を取り、弁財天が勝利した。
負けた吉右衛門は約束通り、弁財天の社のある浅茂川湖中に大きな鳥居を建立した。
ところが不思議なことに、落成祝いの翌日、大鳥居は一夜の内に湖中に埋没してしまった。
その後、台風によって吉右衛門の船が乗員・積荷ごと遭難し、多額の補償金を支払うことになった。
この出来事をきっかけに、広瀬(吉岡)一族は衰退していったという。
『網野町誌 下巻』「網野の「広瀬」のこと」より
昔、浅茂川一帯には浅茂川湖という非常に大きな湖が広がっていました。
ですが湖は福田川から流れ込む土砂で徐々に狭まっていき、明治初年頃には半分程の大きさになっていたそうです。
そして昭和四十年(1965)の土地改良事業によって、浅茂川湖は完全に消滅しました。(『網野町誌 上巻』『現地案内板』)
伝承地:京丹後市網野町浅茂川

