河南の婆 (かんなんのばば)


昔、東古佐村の河南源六という長者の妻・みのが病気になり、床に伏せてからはまともな食事をとらず、魚ばかり食べるようになった。
しかも魚を運んできた下女が部屋を去るまでは決して食べようとしないので、家族は皆不審に思っていた。
そんなある日、息子の嘉蔵は用事のため庄屋の家へ行き、深夜になってから帰路についた。
すると対面から大勢の声が聞こえてきたので呼びかけると、一丈(約3m)余りの大入道が目を光らせながら現れた。
嘉蔵は驚いたが、犬山城城主(愛知県)・成瀬隼人正から拝領した稀代の一刀(わざもの)を腰に差していたので、鞘を打ち払い大入道に斬りかかった。
すると大入道はそばの松の木によじ登り「“河南の婆”を呼んでこい」と叫んで消え失せた。
嘉蔵は大入道の言葉、そして母みのの不審な言動を思い返し、母は怪物ではないかと疑い始めた。
それからしばらくして、嘉蔵は下女から「みのの手は人間のものではない」と聞き、件の一刀を手に部屋の襖の影からみのの様子を窺った。
するとみのは怪猫のような手をニューと突き出し、むしゃむしゃと魚を貪り喰った。
それを見た嘉蔵は部屋へ押し入り、みのに化けた猫を斬り殺した。
本物のみのは化け猫に喰い殺され、死体は床下に隠されていたという。

『神戸新聞』明治三十四年十一月九日刊「怪談百物語 第五十五席 稀代の一刀(わざもの)」
(元資料『明治期怪異妖怪記事資料集成』)より


「千疋狼」っぽい要素のある話ですが、狼の群れは登場せず、そのため木に登って避けたり狼たちが梯子になって登って来たりという展開はありません。

その他の千疋狼。

ちなみに嘉蔵の刀の目貫には金の鶏の意匠が施されており、大入道に向けて抜刀した時に鶏の鳴き声が聞こえたそうです。


伝承地:丹波篠山市東古佐