頼光塚 (らいこうづか)
西谷の口池付近に“頼光塚”という塚があり、触ると祟りがあると伝えられている。
平安時代、源頼光一行は大江山の酒呑童子を倒した後、続けて鬼ヶ城(*)に棲む茨木童子も退治した。
一行は鬼ヶ城から下山する途中、茨木童子の首を残し、雑兵の鬼の首と刀剣をこの地に埋め、塚を作ったという。
数十年前に地区の事業で塚の近くに道をつけたが、その時、関係者二人の祖母に不幸があった。
これは工事で塚を触ったからではないかと言われたという。
『史談 ふくち山』497号「福知山の民俗調査覚書 -中の場合-」より
(*)大江町と福知山市の境にある標高544mの山。茨木童子はこの山の岩窟に棲んでいたという。(『丹哥府志』)

頼光塚は三段池公園の北西、田圃が並ぶ農道の脇にあります。
福知山市の遺跡地図の情報によると、頼光塚は径10×10m、高さ1m程の平地古墳らしいですが、実際は幅8mくらい、高さは2m弱ありました。
道をつけた時に削って土を盛った?

頼光塚は三段池公園の北西、田圃が並ぶ農道の脇にあります。
福知山市の遺跡地図の情報によると、頼光塚は径10×10m、高さ1m程の平地古墳らしいですが、実際は幅8mくらい、高さは2m弱ありました。
道をつけた時に削って土を盛った?
伝承地:福知山市中
