日天貝、月天貝
(にってんがい、げってんがい?)
(にってんがい、げってんがい?)
昔、日間の湊(久美浜町湊宮)に弥一という腕利きの船乗りがいた。
ある日、弥一は船員と共に海へ出たが、暴風雨に襲われて遭難し、漂流の末、見知らぬ小島に流れ着いた。
島に上陸すると、森の木の陰から全裸の人が弥一たちを見つめていた。だが、弥一たちが近づくと森の中へ逃げて行った。
一行はやむなく船に戻ったが、夜になると松明を持った全裸の人たちが浜辺に現れ、供物を捧げたり呪文を唱えたり、祭のようなことを始めた。
弥一がその人たちに近づくと、頭目らしき人が身振り手振りで説明した。
「昔、この島に日本人の一隊が流れ着いた。その人たちは強く賢かったので、島の者は皆心服していた。その頃、島に災いを起こす龍がいたが、その人が退治してくれた。だが日本人も皆討ち死にしてしまった。その時、龍の持っていた珍しい貝が二つ残されたので、我々は形見として大切に保管していた。今日はあなた方にその貝を受けとっていただくために来たのです」
その後、弥一たちは島民の援助を受けて船を修理し、別れを告げて島を離れた。
そして故郷に帰り着き、弥一は村人たちに不思議な島での体験を語った。
やがて夜も更けた頃、家の奥の間から人の話し声のような、波音のような騒がしい物音が聞こえてきた。
奥の間を見に行っても何も変わったところはないが、戻るとまた同じような物音がする。
そうして、寝床と奥の間を何度も往復している内に夜が明け、結局弥一と家族は眠ることが出来なかった。
物音はその後も毎晩続いたので、弥一は「これはあの島から持ち帰った貝の祟りに違いない。あの貝は我々のような常人が持つべきものではないのだ」と考え、島民からもらった二つの貝を岩船神社に奉納した。
するとそれ以来、不思議な物音は聞こえなくなったという。
この二つの貝は「日天貝」「月天貝」と呼ばれ、今も岩船神社に社宝として保管されている。
だが拝観は許されず、もし盗み見でもすれば、村が天変地異に見舞われると言い伝えられている。
『続 熊野郡伝説史』「日天貝月天貝(湊村)」より
岩船神社には二つの貝の他、長者の娘から抜け落ちたという角が社宝として保管されています。
→人角
伝承地:京丹後市久美浜町湊宮