六部の祟り (ろくぶのたたり)*
昔、木津の松ヶ崎という所に六部(巡礼僧)が住んでいた。
六部は伊予国の武士だったが、ある時、原因不明の病を患い、占い師に占ってもらったところ「五つ辻のある土地に住みなさい」と告げられた。
そして武士は六部となって各地を渡り歩き、遂に木津の松ヶ崎で五つ辻を見つけ、家族と共に移住したという。
同じ頃、村に松本新助という強欲で乱暴な長者がいた。
ある時、新助は六部が金を貯めこんでいることを知り、平五郎という村人を使って財産を奪う計画を立てた。
平五郎は村一番の権力者の新助に逆らうことが出来ず、渋々企てに協力した。
ある日、平五郎は六部の家を訪ね、所持している刀などを見せてほしいと頼み、六部が席を外した隙に刀の目釘を外しておいた。
その数日後、平五郎は六部と新助を自宅に招くと、六部に強引に酒を勧め、酔い潰れたところを新助が刀で斬りつけた。
だが六部はその一撃をかわし、咄嗟に自分の刀を抜いて応戦したが、平五郎によって目釘を抜かれていたため、刀は使い物にならなかった。
六分はやむなく外へ逃げ出したが、足を踏み外して転倒し、追ってきた新助に肩を斬り落とされた。
六部は「何の怨みがあって斬るのか、その理由を言え。私は命が欲しい為に、遥々この地に来て療養しているのだ。ここで死ぬのは残念である。きっと悪霊となって、貴様の家を代々祟ってやる」と言って息絶えた。
そして新助は六部の死体を始末すると、更にその家族も殺し、財産を奪って引き揚げた。
だがその後、六部が殺された卯年になると、松本家に幽霊が出るという噂が立ち、家族や使用人が変死するなど、良くないことが続いた。
流石の新助も祟りを恐れ、屋敷内に祠を建てて六部一家七人の霊を祀り、毎朝欠かさず赤飯を炊いて供えたという。
その祠は「七社の明神」と呼ばれている。
『ふるさとのむかし 伝説と史話』「松ヶ崎の六部さん」より
ちなみに、六部が肩を斬り落とされた所は「カタナシ」と呼ばれていたそうです。物騒な地名。
伝承地:京丹後市網野町木津