葦原の白蛇 (あしはらのしろへび)*
天正三年(1575)九月十九日、黒井城の城主・赤井直正は丹波に侵攻した明智光秀軍と交戦していた。
やがて赤井軍は退却を装い、明智軍を黒井の葦原の沼地に誘い込んで一気に殲滅しようとした。
するとその時、黒井城から放たれた伝達の矢文が葦原の中に落ちた。
両軍は矢文を得ようと葦原の中へ入って探したが、どこにも矢文はなく、踏み荒らされた葦の上に真っ白な蛇がうずくまり、明智軍に向かって鎌首をもたげていた。
白蛇に驚いた明智軍は逃げ出し、赤井軍は「これこそ明神の化身に違いない」と士気を上げた。
そして赤井軍の猛攻により明智軍は壊滅し、光秀は近江の坂本城まで敗走した。
その後、赤井軍は白蛇が現れた葦原に、葦原明神の祠を建てたという。
この祠には、代々白蛇が棲むと言われている。
『春日町誌 第四巻』「黒井の葦原明神」より
工場と住宅の間の狭い路地にひっそりと祀られています。
おもちがお供えされていました。
伝承地:丹波市春日町黒井
