南谷のお稲荷さん (みなみたにのおいなりさん)*
大正の頃、峰山町出町の人々は、間人(丹後町)の正勝稲荷神社の御代さん(*)の所にお参りしていた。
だが、御代さんが祈祷したところ、正勝稲荷のお稲荷さんが「わざわざ間人まで参らなくても、私は峰山の南谷にいる」と告げた。
早速、南谷の荒神の祠辺りを探すと、狐の穴があったので、人々はそこに社を建ててお稲荷さんを祀った。
このお稲荷さんの狐は「運艦山」から「向はげ」という所が遊び場で、よく姿を見かけたという。
社が出来た時は火の玉が松の木を伝い、荒神の祠まで下りたこともあった。
また、土産店を営む興三という老人は、参拝者が祭壇に供えた油揚げを回収し、再利用して売っていたが、お稲荷さんに叱られて気が狂ってしまったという。
子供たちはお稲荷さんの狐を追い回したり、棲み処の穴を竹で突いたりと悪戯をしていたが、誰にも罰は当たらなかったという。
『丹後の伝説 ふるさとのはなし』「お稲荷さんの出来った話」より
(*)稲荷の神を降ろして託宣を行う人。神の依代となる人。
伝承地:京丹後市峰山町安(稲荷社の位置は不明)