さとりのわっぱ
昔、炭焼きの老人が小屋に泊まり込んで炭を焼いていた。
ある夜、綺麗な娘が小屋に来て「寒いから火に当たらせておくれ」と頼むので、老人は「いくらでも当たるといい」と言って受け入れた。
娘はそれから毎晩火に当たりに来たが、何故か顔を見ようとすると横を向くので、老人は『一度この娘の顔を見てやろう』と考えた。
すると娘は「私の顔に何かついているのか。それとも私の顔が見たいのか」と聞いてきた。
そこで老人は『この娘は人の心を読む化け物だろう。蛇の化け物か、獣の化け物か、正体を見てやろう』と考えた。
すると娘は「私を化け物だと思っているのか。私は蛇でも獣でもない」と、老人の考えを言い当てた。
すると娘は「私を化け物だと思っているのか。私は蛇でも獣でもない」と、老人の考えを言い当てた。
不思議に思い、しばらく見ていると、娘の瞼が下から上に向かって閉じたので、老人は『正体は鳥だな』と考えたが、すぐに「私は鳥でもない」と否定された。
そして娘は「私の正体を当てられたら、いいところへ連れて行ってあげる」と言って、その後も小屋に通い続けた。
ある冬の夜、娘はいつものように小屋へ来て火に当たっていた。
寒いので木を火にくべていると、不意に火の中の葛がパシンと音を立てて爆ぜた。
娘は驚き、「わあっ、人間は思わんことをする」と言って逃げ出した。
それから娘が小屋に来ることはなかったという。
寒いので木を火にくべていると、不意に火の中の葛がパシンと音を立てて爆ぜた。
娘は驚き、「わあっ、人間は思わんことをする」と言って逃げ出した。
それから娘が小屋に来ることはなかったという。
『おおみやの民話』「さとりのわっぱ」より
さとり(覚)は人の心を読むとされる妖怪で、日本各地の民話に見られます。
山小屋で火を焚いてる人の元に現れ、その人の心を読んで翻弄し取って喰おうとするも、予期せぬ出来事(焚き火の木が爆ぜて顔に当たるなど)にびっくりして逃げ出す……という感じの内容になっています。
鳥山石燕の『今昔画図続百鬼』では、「飛騨や美濃の山奥に覚という猿のような妖怪がいる。色黒で毛が長く、人の言葉を話し人の心を読む。人に危害を加えることはないが、覚を殺そうとすれば先にその心を読んで逃げる」とあり、毛むくじゃらの猿っぽい妖怪が描かれています。
本文のさとりのわっぱ(童=子供の意)は美少女の姿で現れますが、老人が言い当てる前に逃げたので、結局その正体はわからずじまいです。
「獣ではない」と言っているので猿ではなさそう?
そして「正体を当てられたらいいところに連れて行ってくれる」という約束をしていましたが、一体どこへ連れて行くつもりだったんでしょう……?
伝承地:京丹後市大宮町善王寺