人間に交わる狐 (にんげんにまじわるきつね)


昔、丹波国の某所に裕福な百姓の家があり、一人の老人が仕えていた。
老人は山の崖に穴居し、衣服も人と同じものを着て、食事も人と変わるところはなかった。
何年も百姓家に仕え、幼児の世話などをし、農事や家事を手伝い、遠い過去の話を語る様は人間とは思えなかった。
だが長い間一緒に生活していたので、百姓一家は老人を重宝し、怪んだり怖がったりする者はいなかった。
ある時、老人は家長の元を訪れ「私は何年も厚遇を受け、恩返しのしようもないが、この度仕官の為に上京することになったのでお別れを言いに来た」と話した。
家長をはじめ一家は驚き、「あなたがいなければ我が家は立ち行かなくなる」と強く引き留めたが、老人は「その願いは叶えられない」と断り、「もし私が恋しくなったなら、富士の森(京都伏見の藤森)に来て「おじい」と呼べば必ず出て来よう」と言って立ち去った。
百姓一家はそこで始めて、老人が狐であることを知った。
後日、家長は富士の森を訪れ、裏山で「おじい」と呼んだところ、老人が忽然と姿を現した。
二人は互いの安否を尋ね、とりとめのないことを語り合った。
そして別れ際、老人は「これまでの恩返しに、あなたの家の吉凶の兆しを前もって教えておこう。これから狐が三度鳴く時があるが、それはあなたの家に起こる吉事や凶事を予告するものだ。狐が三度鳴いたなら、身を慎んで吉凶の到来に心を備えなさい」と告げた。
老人の言葉通り、その後、百姓家では狐が三度鳴く度、吉事や凶事が起こったという。

『耳袋』巻之四「人間に交る狐の事」より


人に化けて読み書きを教える九州出身のインテリ狐。


伝承地:丹波のどこか(場所不明)