人杖 (ひとづえ)
谷内から周枳に流れる周枳井溝は、寛文八年(1668)から四年余りを費やして作られた水路である。
だが工事が竣工し通水となった時、三坂境のしょうが鼻(干潮ヶ鼻)までは通じたが、その先は流れなかった。
設計ミスはなく、高低も問題がないのにどうしても水が流れない。
かくなる上は神力に縋るしかないと考え、村人全員を集め、声を揃えて「さあ越せ、さあ越せ」と叫んだ。
すると水は堰を切ったように越し始め、周枳まで流れたという。
すると水は堰を切ったように越し始め、周枳まで流れたという。
それ以来、周枳井溝の水が絶えたことはなく、この出来事は“人杖”と呼ばれ言い伝えられている。
『大宮町誌 本文編』「人杖」より
人杖ってどういう意味なんだろう……?
「杖」は「頼りとするもののたとえ」(『広辞苑』)という意味があるので、人杖=「人の力は頼りになる!」みたいなニュアンスなんでしょうか。
周枳井溝は寛文十二年(1672)に完成した谷内~周枳を流れる田圃用の水路で、幅最大約1.8m、延長4,800mという大規模なものでした。
「杖」は「頼りとするもののたとえ」(『広辞苑』)という意味があるので、人杖=「人の力は頼りになる!」みたいなニュアンスなんでしょうか。
周枳井溝は寛文十二年(1672)に完成した谷内~周枳を流れる田圃用の水路で、幅最大約1.8m、延長4,800mという大規模なものでした。
ですが昭和五十九年(1984)の圃場整備工事により統合・廃止され、今はもうほとんど残っていません。(『周枳郷土誌』)

現存する周枳井溝の水路。
周枳公民館の裏手にあり、茂った草の下に細い水路が通っています。
今も田圃用の水路として使われているようです。
伝承地:京丹後市大宮町周枳