しおほっさん


神功皇后の時代、竹野川の流域一帯は海の底で、付近の村々は高い山中にあった。
その頃、大山に神が住んでおり、人々のために海水を飲み干して田圃を作ろうと考えた。
そして神は海水をゴクゴクと飲み、次々に田圃を拓いていった。
だが、海水があまりに塩辛かったので飲み干すことが出来ず、2m四方の水溜りが残った。
それから竹野川流域は肥沃な穀倉地帯に変わり、人々の暮らしは豊かになった。
人々は神に感謝し、飲み残しの水溜りのそばに神社を建て“しおほっさん”と呼んで崇めたという。

『丹後の伝説 ふるさとのはなし』「しおほっさん」より


志布比神社
志布比(しぶひ)神社。右の社号標は「志希以神社」とも読めます。
祭神は志夫美宿禰命(塩干大明神)で、扁額には「塩干神社」とありました。
塩干大明神は麻呂子親王の弟で、兄に従って丹後の三鬼を退治したと伝えられています。(『丹後国竹野郡誌』)

広い境内
境内は広場になっていて、右側にはブランコとすべり台がありました。
しおほっさんが飲み残した水溜まりは、明治の初め頃まで残っていたそうです。(『京都府の地名』)


海水を飲み干そうとした仁王。


伝承地:京丹後市丹後町大山・志布比神社