山伏ぐろ (やまぶしぐろ)
江戸の終わり頃、ある山伏が谷川村を訪れたが、そこで病にかかり死亡した。
村の定めで墓地に葬ることが出来ず、山伏は桜ノ木という空き地に埋葬され、縦6~7m、横4~5m、高さ2m程の小高い塚が作られた。
谷川村ではこれを“山伏ぐろ”と呼び、塚に生い茂った木を切れば山伏の祟りがあると言って誰も切らなかった。
だが明治の終わり頃、ある木樵が「祟りなんて迷信だ」と言って、塚の木を何本か切り倒して薪にした。
するとその夜から木樵は高熱を出し、毎夜山伏の亡霊にうなされ苦しんだ。
家族や近所の人々が塚に参って非礼を詫びると、木樵の熱は下がり快復したという。
それ以来、塚の木を切る者はいなかったが、昭和の頃、工場の敷地造成で塚は取り払われてしまった。
だが、山伏の霊を弔う法要は毎年行われているという。
『山南町誌』「山伏ぐろ」より
「山伏ぐろ」は「山伏の塚」みたいな意味合いだと思います。
(「ぐろ(畔・壠)」=「小高い所」「物を積み重ねた所」)
伝承地:丹波市山南町谷川