きゅうきゅう場 (きゅうきゅうば)


宝永年間(1704~1711)の話である。
間人の百姓の娘・おさくは廻船問屋の息子・久左衛門に恋をし、結婚を夢見て暮らしていた。
ところが、家柄の違いから結婚を強く反対され、悲観したおさくは浜で三日三晩泣き続けた末、海に身を投げた。
それ以来、久左衛門を想うおさくの心に同情した浜の砂が「きゅうきゅう」と泣くようになった。
いつしかその浜は“きゅうきゅう場”と呼ばれるようになり、今も人が歩くと泣き続けている。

『外海のまち 丹後町』「悲恋の浜 -きゅうきゅう場のいわれ-」より


京丹後市網野町の琴引浜と、同市丹後町の砂方の浜は鳴き砂の浜として有名です。
その名の通り、歩くと砂が鳴くような「きゅうきゅう」という感じの音が聞こえます。
おさくが投身した浜の名前は明記されていませんが、参考資料は丹後町の話題を扱ったものなので砂方の浜のことだと思います。
ちなみに、年間通して砂が鳴くのは琴弾浜だけだそうです。(砂方の浜は時期や条件によっては鳴らないこともあるらしい)



伝承地:京丹後市丹後町間人