塩見大膳守の霊魂 (しおみだいぜんのかみのれいこん)
猪崎城は塩見大膳守という武将の居城だったが、明智光秀の攻撃により落城し、大膳守は討ち死にした。
そのため、猪崎の塩見株の人々は仇である明智光秀を祀る御霊神社には参拝しないという。
猪崎城址には二つの稲荷神社があったが、ある時、その内の一社・福本稲荷を福知山城内の朝暉神社の側社にしたいという話が持ちかけられた。
そこで神社の世話役たちは稲荷堂に集まり、社の移祀に応じるべきか相談することにした。
だが世話役たちが神前の三方に灯明を灯し、相談を始めたところ、急に灯明の火が消えてしまった。
隙間風だと思い、すぐに点火して相談を再開したが、しばらくするとまた灯りが消えた。
世話役たちは不思議に思いながらもう一度火を点けたが、三度目もまた同じように消えてしまった。
一同が愕然とする中、長老は「この社は塩見大膳守によって祀られたものだから、仇敵の明智光秀の城へ行くことは神様も納得していないはずだ。神霊が反対表明をしたに違いない」と言った。
すると他の世話役も「大膳守の霊魂が灯明を吹き消して反対の意を示したに違いない」と言って、一同は社の移祀に応じないことを決めたという。
『猪崎の伝説と民話』「猪崎城の没落と女﨟池・小屋ケ谷の伝説」より
福知山城内に移祀されることなく、今も猪崎城趾の中腹に祀られています。
古い石灯籠や狛犬の台座には大正時代の芸妓や店の名前が彫られていました。歴史を感じる。
(猪崎には昭和初期まで遊郭があった)
古い石灯籠や狛犬の台座には大正時代の芸妓や店の名前が彫られていました。歴史を感じる。
(猪崎には昭和初期まで遊郭があった)
伝承地:福知山市猪崎
