久下弥三郎時重の屋敷 (くげやさぶろうときしげのやしき)*
金屋村に久下弥三郎時重の屋敷跡がある。
屋敷の東の土塁は藪で、西の土塁には八幡社があり、そこに時重を祀っている。
この屋敷に古井戸があるが、時を決めて日に二度、井戸水が濁るという。
村人が屋敷内の竹や木、土を取れば祟りがあり、また村の中で「弥三郎」と名づければ障りがあるという。
そのため、地主は検地の際に屋敷の謂れを説明し、除地扱いにすることを願った。
検地役人はその申し出を受け入れ、屋敷は八幡社の境内として免租地になったという。
『丹波志 氷上郡』巻之五「久下弥三郎時重旧栖」より
久下弥三郎時重は鎌倉時代末期の武士で、足利尊氏が丹波国篠村(亀岡市篠町)で挙兵して各国から軍を招集した時、兵百十騎を率いて一番乗りで駆けつけたと伝えられています。(『太平記』)
また、尊氏が幕府軍に追われ丹波国井原(丹波市山南町)に身を潜めている時、地頭の時重が救援に駆けつけ、追っ手を攪乱して尊氏を西国に落ち延びさせたという話もあります。(『丹波志』)
伝承地:丹波市山南町金屋