蛇ない (じゃない)
昔、応地の子供たちは佐治川の対岸にある田圃で遊ぶことが多かった。
ある日、子供たちはいつものように対岸の田圃で遊んでいたが、急な大雨に見舞われた。
慌てて家へ戻ろうとしたが、大雨で川の水嵩が増し、対岸に取り残されてしまった。
この頃は橋もなく、増水した川は大人ですら渡ることが出来ず、子供たちを助けられないまま時間だけが過ぎていった。
するとその時、川上から見たこともない大蛇が現れ、川の両岸に巨体を横たえて橋になり、子供たちを村の方へ渡した。
人々は子供たちの無事を喜び、大蛇はその光景を温かく見守った後、静かに姿を消した。
それ以来、人々は大蛇を応地の守り神の化身として崇め、毎年一月九日に藁で大蛇を編む“蛇ない”の神事を行うようになった。
『山南町誌』「蛇ないのいわれ」より
蛇ないは応地集落の伝統神事で、毎年一月九日に行われています。
神事の日は藁で作った大蛇を抱えて集落の各戸を回り、その家の子供や年寄りの頭を噛んで無病息災を祈ります。
集落を練り歩く時に大蛇が暴れれば暴れる程、良い年(豊作)になると言い伝えられていてます。
そして最後は大蛇を集落の氏神である大歳神社の松の木にかけ、御幣を背中に三本、腹に二本互い違いに立てて祀り、蛇ないの神事は終了となります。
松にかけた大蛇は翌年の蛇ないの日まで、集落の守り神として祀るそうです。
ちなみに蛇ないの名前は「蛇を綯い上げる」ことから来ています。

藁の大蛇。
大歳神社の参道を横切るようにかけられています。勧請縄みたいですね。
以前は佐治川の畔の大松にかけられていましたが、昭和の頃に松が枯れてしまったことから、現在の場所に変更されたそうです。
頭が集落側(向かって右側)を向くようにされているのは、大蛇に集落を見守ってもらうためだと言われています。
橋になって天皇を対岸に渡した大蛇
伝承地:丹波市山南町応地