やぐろ大明神 (やぐろだいみょうじん)
戦国時代のある雨の日、僧に扮した十一人の落人が久下村を訪れた。
僧たちは家々を巡り一夜の宿を求めたが、落人だと感づかれことごとく拒否された。
そんな中、善兵衛という情け深い百姓が僧たちを家へ招き入れ、粟汁を振舞ってもてなした。
僧たちは善兵衛の家で一夜を過ごしたが、翌日になっても雨は止まず、その日も滞在することになった。
ところがその夜、僧の一人が急に苦しみ出し、介抱する間もなく死亡した。
それを皮切りに、次の夜も一人、また一人と倒れていき、遂に十一人全員が死んでしまった。
善兵衛は他の村人から「あんな貧乏僧の世話をするからだ」と罵られながらも、僧たちを手厚く葬った。
するとその日から村にひどい悪疫が流行り、村人は次々に死んでいった。
誰言うとなく「あの僧たちの祟りだ。丁寧に葬れば流行病もなくなるだろう」と、法要を営んで墓を整えたところ、それからは流行病で倒れる者はいなくなった。
誰言うとなく「あの僧たちの祟りだ。丁寧に葬れば流行病もなくなるだろう」と、法要を営んで墓を整えたところ、それからは流行病で倒れる者はいなくなった。
その後、村に“やぐろ大明神”という小さな祠が建てられ、流行病の神として信仰を集めたという。
『山南町誌』「やぐろ大明神」より
伝承地:丹波市山南町谷川(やぐろ大明神の位置は不明)