鬼住池の大蛇 (きすみいけのだいじゃ)


岸谷の人々は、舞鶴と綾部の境にある幾津見峠を「鬼住峠」と呼んでいる。
昔、鬼住峠と弥仙山との間の尾根付近に「鬼住池」という池があり、そこに棲む大蛇が人々を呑み込み危害を加えていた。
そこで岸谷村の五衛門という男が毎日弓矢の練習をして腕を磨き、遂に大蛇を退治した。
そして大蛇は三つに切られ、布敷の池姫神社、今田の倭文神社、城屋の雨引神社にそれぞれ祀られた。
だが大蛇の祟りにより、五衛門の家は七代にわたり不幸が続いたという。

『まいづる田辺道しるべ』「幾津見峠(鬼住峠、木住峠)」より


この他にも「岸谷の五右ヱ門という男が菖蒲の葉を矢羽根にした弓矢で鬼住池の大蛇の片目を射貫いて退治した。だがその後大蛇の祟りを受け、五衛門の家には七代続けて片目の子供が生まれたので、大蛇の頭を池姫神社に祀った」という、本文の鬼住池の大蛇とよく似た話があります。(『森の神々と民俗』)

三断した大蛇を池姫神社や雨引神社に祀るという展開は、以前に紹介した“五老の滝の大蛇”や“日浦が谷の大蛇”の伝説とよく似ていますね。
舞鶴地方は退治した大蛇を三分割して祀る伝説が多い気がする。

ちなみに鬼住峠の由来については、ある商人が幾津見峠で何者かに殺され死体がうち捨てられていたから、幾津見峠に山賊が出没し通行人を苦しめていたから、などの伝説から幾津見峠を「鬼が住む峠」=「鬼住峠」と呼ぶようになったそうです。(綾部側では「木住峠」と呼んでいるが由来は不明)
峠一帯の山番地も「鬼住」という地名なんだとか。


伝承地:舞鶴市岸谷(鬼住池は現存していない)