おりん狐 (おりんぎつね)


久美浜町市野々や布袋野(市野々の隣町)には、人を化かす“おりん狐”の話が多く伝えられています。

市野々の鉄穴(かんな)におりん狐という狐がいた。
ある夜、村の女が家で寝ていると、外から「おりよ、おりよ」と呼びかけられた。
「誰だいや」と聞くと、声は「おらんだ」と答えた。
女は呂律の回らない口調からおりん狐だと気づき、「おりんかいや」と尋ねたところ、声は聞こえなくなったという。(『久美浜町の昔話』)

市野々の鉄穴に棲むおりん狐は、よく人を化かして困らせていた。
そこである時、正福寺の和尚はおりんの棲む穴へ行き、伏見の稲荷から預かっている巻物を見せて欲しいと頼んだ。
おりんが巻物を見せると、和尚は「貴様は人を化かして困らせているから、この巻物はしばらく預かっておく」と言って持ち去った。
困ったおりんは和尚の母に化けて寺に行くと、和尚と同じ手口を使い、巻物を見せて欲しいと頼んで取り返した。
次に和尚は能楽の装束をまとって変装し、再びおりん狐の元へ行って「私は伏見からの使者である。大事な巻物を正福寺の和尚に取られたと聞いたが本当か」と尋ねた。
おりんは「一度は取られましたが、取り戻して今はここにあります」と言って巻物を差し出したので、和尚は正体を明かして巻物を奪い取った。
おりんは遂に諦め、「和尚さんには負けました。どうか巻物を返して下さい。それがなければ私は市野々にいられなくなるのです」と涙ながらに懇願した。
それを聞いた和尚は哀れに思い、おりんに巻物を返してやったという。(『久美浜町の昔話』)

昔、布袋野の老婆の家におりんという旅の娘が訪れ、一晩の宿を求めた。
老婆は快くおりんを泊め、その親切心に感激したおりんは家に住み込んで家事を手伝うようになった。
老婆もおりんを自分の娘のように思って大事に扱い、近所の人々も身元を詮索することはなかった。
そして四、五年が過ぎ、美しく成長したおりんは出石(兵庫県豊岡市)の稲荷神社の宮司に見初められ、嫁入りすることになった。
ところが村の庄屋の息子もおりんを嫁に欲しいと思っており、嫁入りの道中で待ち伏せてさらってしまおうと考えた。
そして嫁入り当日、庄屋の息子は出石へ抜ける峠で待ち伏せていると、おりんが駕籠に乗ってやって来た。
だがそこで駕籠屋は一旦駕籠を降ろし、おりんを置いて水を飲みに谷へ降りて行った。
するとおりんは駕籠から出て、庄屋の息子が見ていることも知らず、晴れ着をまくり上げて小便を始めた。
露わになったおりんの尻には狐の尾が下がっており、庄屋の息子は彼女が狐であることを知ってしまった。
庄屋の息子はあまりの衝撃に気絶し、次に目覚めた時はおりんも駕籠屋も去った後だった。
それ以来、村人たちはおりんのことを「おりん狐」と呼ぶようになったという。(『久美浜町の昔話』)

市野々の鉄穴のおりん狐は、綺麗な花嫁姿で家来を引き連れて嫁入りをするという。
おりん狐は「じょうの谷」という所に棲んでおり、人が来ると「綺麗な所があるからこっちに来い」と言って谷の奥へ誘う。
誘われた人は谷の奥までついて行き、そこで朝までおりん狐と一緒に過ごす。
だが夜が明けるとおりん狐の姿はなく、一人で田圃の中に座っているという。(『狐狸ものがたり』)

久美浜に人を化かすおりん狐という狐がいた。
ある時、おりん狐は体調を崩し、巣穴の縁に出て寝込んでいた。
動けないので何も食べることが出来ず、おりん狐はどんどん痩せ細っていった。
それを見た老婆は可哀想に思い、握り飯と油揚げを巣穴へ置いて帰った。
後で覗いてみると握り飯と油揚げはなくなっていたので、老婆はその後も巣穴に食事を運び続けた。
すると数日後、元気になったのか、おりん狐は巣穴の縁から姿を消していた。
それ以来、老婆はおりん狐に化かされなくなったという。(『狐狸ものがたり』)

『久美浜町の昔話 ふるさとのむかしばなし』「おりん狐」
『丹後の民話 1 狐狸ものがたり』「おりん狐」「化かさなかったおりん狐」より


伝承地:京丹後市久美浜町市野々、布袋野