丹波・丹後の妖怪あつめ

京都府北部(丹波・丹後地域)の怪異妖怪伝承を紹介するブログです。

南丹市

大左衛門

大左衛門 (だいざえもん)


昔、洞村に“大左衛門”という大男がいた。
ある日、大左衛門は酒屋に酒の運搬を頼まれ、四斗樽を四つ担いで口郡(船井・亀岡方面)へ向かった。
無事に酒を届けたものの、一度に一石六斗(樽を含め約280kg)の荷物を急いで運んだので、大左衛門は猛烈な空腹に襲われた。
そこで配達先の主人から魚や野菜、米などをもらって洞村まで戻ると、ちょうど正三角形に対峙してそびえる三つの山の頂点に大鍋を置き、山を五徳代わりにして食材を煮炊きし始めた。
だが途中で空腹に耐えきれず、食事を取ろうと大鍋の取手に両手をかけ、腰を屈めて持ち上げようとした。
するとその時、大左衛門の額が五十町(約5km)離れた所にある洞の山につかえ、体を起こした拍子に山を押し上げてしまった。
そのため、洞の山は周囲の山よりも一段高くなり、「大爺ヶ額(おおじじいがひたい)」と呼ばれるようになった。

『美山伝承の旅』「大爺ヶ額と大男」より


その他の巨人伝説


伝承地:南丹市美山町豊郷


班牛

班牛 (まだらうし)


芦生村から五里(約20km)奥へ入った川筋に、「一二三の坪」という大中小三つの滝壺がある。
滝壺は二千石船が廻れる程の大きさで、底は深く、左右を険しい岩山に囲まれている。
ここに“班牛”という牛が棲んでおり、近年も姿を見た者があったという。
班牛は一二三の坪の主で、三つの滝壺を順に棲み替えている。
不思議なことに、班牛の棲む滝壺は次第に埋まって見えなくなるという。

『丹波志桑田記 瀧川之部』「瀧坪」より


参考資料に「班(マダラ)牛」と書かれていたのでその表記のまま紹介しました。
」の誤記?

ちなみに芦生の南の右京区京北にも、水中に棲む牛の話があります。


伝承地:南丹市美山町芦生


軍人山の洞穴

軍人山の洞穴 (ぐんじんやまのどうけつ)


天正年間、丹波亀山城は明智光秀軍の攻撃を受けた。
戦火を逃れた奥方や敗残兵たちは、敵の目から逃れるために軍人(神)山に洞穴を掘り、そこで穴居生活を営んだという。
その後、洞穴は長い間封鎖されていたが、ある時、石扉を開けて中へ入った人がいた。
するとその人は急に目を回して血を吐き、胸が苦しくなってその場に卒倒したという。

『我が郷土富本村』「軍人山旧忠魂碑裏の洞穴」より


軍人(神)山は鎌倉時代の武士・青砥藤綱が死んだ場所とも伝えられています。

ちなみに参考資料では「人が倒れたのは洞穴内に籠もっていた炭酸ガスのせいだろう」と考察されています。
二酸化炭素中毒って吐血するんでしょうか。


伝承地:南丹市八木町刑部・多国山?


若森の観音

若森の観音 (わかもりのかんのん)


昔、八五郎という男が殿谷峠の麓で畑仕事をしていた。
すると一人の坊主が通りかかり、「足が痛くて歩けないので若森まで送ってくれませんか」と頼んできた。
八五郎は承諾し、坊主を背負って若森まで送り、大きな石の上に降ろして帰ろうとした。
その時、坊主に「決して後ろを振り向いてはいけません」と強く言われたが、八五郎は好奇心から途中で後ろを向いてしまった。
すると若森の観音の方へ、一本の白羽の矢(大きな鷹とも)が飛んで行った。
その後、八五郎は約束を破ったことで盲目になり、若くして死んでしまったという。

『園部町の口碑、伝承 おじいさんたちの話』「こしかけ石と観音さん」より


若森の観音とは、園部町の普済寺にある観音堂のことです。
ちなみに、若森から殿谷へ通じる道の途中の三田という所に「腰かけ石」という平らな石があり、坊主はこの石に腰を下ろして休憩したと言われています。
この石に腰かけると罰が当たり、お尻が引っ付いてしまうと言い伝えられているので、誰も座らないそうです。(『忘れかけたふるさとのお話』)


伝承地:南丹市園部町若森


逃げた本尊

逃げた本尊 (にげたほんぞん)


昔、大内に金持ちの家があった。
この家の主人はケチで、仏壇にお供えをせず、お経も読まず、寺へは一度も参らず、近所付き合いもしないという人物だった。
ある日、主人は所用で京都へ出かけ、その帰り道に海老坂峠の辺りまで来た時、一人の坊主に出会った。
その坊主は「長い間お世話になりましたが、帰らせてもらいます」と言い、去って行った。
主人は「どこかで見たことのある坊主だな」と不思議に思いながら家に帰ると、室内に草鞋の足跡がついていた。
足跡は奥の間の仏壇まで続いており、中を見ると本尊がなくなっていた。
主人は「海老坂峠で出会った坊主は家の本尊さんだったのか」と驚き、これまでの行いを深く反省したという。

『ふるさと美山の生活誌』「本尊さんが逃げた」より


毘沙門天像のお引っ越し


伝承地:南丹市美山町内久保


ドッテンガエシ

ドッテンガエシ


美山町佐々里では、幻の怪獣ツチノコのことを“ドッテンガエシ”と呼ぶ人もいる。
ドッテンガエシは体長30~40cmと太短く、胴体は黒く、目玉は光っている。
敵を攻撃する時はドッテンドッテンと縦に転がりながら頭突きを喰らわせるような形で体当たりし、その瞬間に毒を吹くという。
明治・大正の頃は時々人里に現れ、目撃されることもあったという。

『近畿民俗』136,137号「丹波美山の言葉と民俗」より


参考資料の筆者・西浦左門氏の祖母もツチノコ(ドッテンガエシ)を目撃した一人だと言われています。
祖母は「(明治の中頃?)山裾の田圃で草刈りをしていると、頭上の高岸からツチノコが転がってきたので咄嗟に身をかわして難を逃れた」という体験談を西浦氏の母に語っていたそうです。


その他のツチノコ。多いですね。


伝承地:南丹市美山町佐々里


  • ライブドアブログ