丹波・丹後の妖怪あつめ

京都府北部(丹波・丹後地域)の怪異妖怪伝承を紹介するブログです。

岩見重太郎の妖怪退治シリーズ

河阿神社の大狒々

河阿神社の大狒々 (かわくまじんじゃのおおひひ)


昔、稗田野村では年に一度、屋根に矢が刺さった家の娘を人身御供として、河阿神社の神に差し出すという風習があった。
だが実際は神ではなく、神社の森に棲む大狒々が娘を喰っていたのであった。
ある年のこと、今年も娘を人身御供に捧げることになったが、その時村を通りかかった武士が大狒々退治を買って出た。
武士は娘の代わりに長持ちの中に入り、大量に用意させた酒と一緒に神社へ供えてもらった。
そのまま待っていると、真夜中頃に森から大狒々がやって来て、長持の中の娘を喰おうとした。
ところが大量の酒を見つけた大狒々は先にそれを飲み始め、やがて酔い潰れてしまった。
武士はその隙を狙って大狒々を退治し、村人たちを救ったという。
大狒々から村人たちを救った武士は、剣豪・岩見重太郎だと伝えられている。
また一説には、大狒々は通行人を無差別に襲って食べていたので、人々はここを通ることを恐れていたとも言われている。

『丹波の伝承』「河河神社の狒々」
『京都 丹波・丹後の伝説』「岩見重太郎ヒヒ退治」
『河河神社 現地案内板』より


岩見重太郎の妖怪退治シリーズ。
講談などで知られる「岩見重太郎の狒々退治」のような伝承ですね。
舞鶴市の御霊神社にも、岩見重太郎が狒々猿を退治したという伝承があるそうです。(『舞鶴の民話 第二集』)
また、同神社には大狒々が大蛇に変わったバージョンの伝承もあります。
河阿神社の大蛇

河阿神社
亀岡市稗田野町の河阿神社。

台石
人身御供の娘を入れた長持を置いたという「生娘長持の台石」。置きにくそう。

御霊神社
舞鶴市志楽の御霊神社。


伝承地:亀岡市稗田野町・河阿神社


動く狛犬

動く狛犬 (うごくこまいぬ)


籠神社の狛犬は鎌倉時代に作られたものと伝えられている。
あまりにも入魂の作であったため、狛犬は毎晩天橋立の松林をさまよい、通行人を驚かせていた。
その時、宮津に滞在していた剣豪・岩見重太郎がこの噂を聞き、狛犬の前脚を斬ったところ、翌日から出歩かなくなったという。
狛犬の前脚は折れ、補修をした跡が残されている。

『宮津市史 史料編 第五巻』「狛犬」
『丹後の宮津 -史跡と名勝をめぐる-』「丹後一の宮・籠ノ神社」
『丹後一宮元伊勢籠神社 現地案内板』より


岩見重太郎の妖怪退治シリーズ。
『旅と伝説』1巻1号「天橋立にて」には「成相寺山門の高麗獅子は、夜になると空を飛んで町まで行き暴れ回っていたが、ある浪人が獅子の前脚を斬った。翌朝見ると、高麗獅子の前脚が一文字に斬られ、血が滲んでいたという」という、籠神社のとよく似た伝承があります。同じ狛犬の話?


狛犬阿
籠神社の狛犬(阿の方)
右脚部分に補修の跡があります。

狛犬吽
籠神社の狛犬(吽の方)
両脚とも斬られてません?


伝承地:宮津市大垣・元伊勢籠神社



白坊主

白坊主 (しろぼうず)


剣豪・岩見重太郎が、父の仇討ちのため宮津へ来た時の話である。
仇討ち成就の願をかけようと、重太郎は府中の元伊勢籠神社へ参詣した。
参拝を終え寺坂(大宮町河辺)まで戻ってくると、茶屋の老婆に「この先の峠は夜になると化け物が出るので行かない方がいい」と忠告された。
だが重太郎は逆に「化け物など退治してやる」と息巻くので、ならば、と老婆はよもぎ餅を渡してくれた。
よもぎ餅を食べて元気になった重太郎は、峠を登り化け物が現れるのを待っていた。
すると、どこからともなく白い大坊主が姿を現した。
重太郎が刀で斬りつけると、白坊主は悲鳴を上げて消えてしまった。
手応えはあったものの、刃が滑ったような感触があった。不思議に思い、その正体を確かめることにした。
夜明けを待って辺りを調べてみると、近くの池に長さ一丈(約3m)以上もある白い鯰が浮かんでいた。白坊主の正体はこの白鯰だったのである。
重太郎が化け物を退治したという話は寺坂に伝わり、それ以来、彼が食べた寺坂のよもぎ餅は評判になったという。

『おおみやの民話』「寺坂のよもぎ餅」より


岩見重太郎の妖怪退治シリーズ。
大宮町三坂にも白坊主が現れ、魚売りの魚を奪ったという話もあります(正体は狐)。

片目の怪物

片目の怪物 (かためのかいぶつ)


福知山市大江町と舞鶴市桑飼上の境、狭迫峠には「大刀洗い」と呼ばれる小さな池があった。
昔、この辺りには人の目玉をくり抜く片目の怪物が出ると言われていた。

ある秋の夕暮れ、一人の武士が峠を登りこの池の近くまでやって来た。
その時、茂みから大きな片目の怪物が現れた。その口は耳まで裂け、残った一つ目は爛々と輝いている。
怪物は武士に襲いかかるが、反撃され刀胴を斬りつけられた。
怪物は鋭い悲鳴とともに二、三間(約3~5m)山際に飛び退くと、そのまま姿を眩ませた。
残された武士は、血に染まった刀を近くの池で洗い清めた後、立ち去ったという。
翌朝、この池の畔で、胴体を斬られた大きな片目の狸の死体が発見された。
この狸は猟師に片目を奪われた怨みから、怪物となって人を襲い、目玉をくり抜いていたのだという。
また、この怪物を斬った武士は、剣豪・岩見重太郎だったとも伝えられている。

『郷土史岡田上』「太刀洗い」より


岩見重太郎の妖怪退治シリーズ。
仇討ちを遂げた舞台(天橋立)から近いためか、舞鶴や宮津には岩見重太郎の妖怪退治エピソードがいくつか伝えられています。

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