蛇山岩尾城 (へびやまいわおじょう)


永正元年(1504)、和田庄の領主・谷出羽守兵部介は甥の和田斉頼を信州から婿養子として迎え入れた。
ところが永正十年(1513)、斉頼は家臣の讒言によって兵部介を殺害し、和田庄の領主となった。
その後、斉頼は和田庄の北山にある岩尾城を居城としたが、兵部介の亡霊に憑かれたのか、悪夢に悩まされ、度々家臣を惨殺した。
また家中にも異変が頻発し、斉頼は己の犯した罪の深さに悶えながら暮らしていた。
同じ頃、信州から斉頼に従って来た家臣の石田寬助と妻の於蘭にも異変が起こっていた。
ある日、寛助が城勤めから帰宅すると、於蘭は何かに憑かれたような態度でどこか様子がおかしかった。
寛助は不審に思い、その夜は眠らずに妻の様子を窺っていたが、いつしか浅い眠りに落ちていた。
ところがうたた寝から目を覚ますと、いつの間にか横で眠る於蘭の髪がずぶ濡れになっていた。
寛助に気づかれずに出かけられるはずもないが、その日は於蘭に問いただすことなく黙っていた。
だがそれからというもの、夜な夜な髪を濡らして眠る於蘭の姿を見るようになった。
そんなある日、寛助が所用でいつもより遅い時間に帰宅すると、何故か玄関も雨戸も全て閉じられていた。
怪しんで小窓から家の中を覗くと、於蘭が唸り声を上げ、苦しみのたうち回っていた。
そして於蘭の腹から何匹もの子蛇が産まれ出て、床を這い回った。
その光景を見た寛助は信州に逃げ帰り、二度と和田庄に戻らなかったという。
その後も岩尾城には災いが続き、天文十三年(1544)、遂に斉頼は病死した。
そしていつしか城は「蛇山岩尾城」と呼ばれるようになったという。(『由緒を尋ねて』)

続いて『北はりま、丹波昔ばなし百話』に載る蛇山岩尾城の話を紹介します。

永正年間、和田庄の領主・谷出羽守兵部介は信濃から甥の和田斉頼を婿養子として迎えた。
ところが斉頼は部下に兵部介を殺害させ、和田庄の領主に成り代わった。
そして居城の岩尾城の麓にある明神池に兵部介の首を投げ込んだ。
この池の中央には祠があり、時々大蛇がとぐろを巻いていたので、村人たちは蛇池と呼んでいた。
だがその後、斉頼夫婦は兵部介の亡霊に悩まされる日々が続き、たまりかねた斉頼は妻を尼にして北和田に小屋を建て、兵部介の霊を慰めることにした。
また兵部介殺害に加わった足軽の石田某も、毎晩何かに襲われる夢を見ていた。
その頃、蛇池で二匹の大蛇が目撃され、村人たちは「蛇池で二匹の大蛇が絡み合っていた。一匹は白蛇だった」「二本の角を生やした黒髪の大蛇だった」などと噂した。
石田はその噂を聞き、遂に病気になって寝込んでしまった。
するとその年の夏の夜、故郷の信濃に残してきた恋人の加代が石田の家を訪ねて来た。
石田は「看病に来た」と言う加代に驚きつつも手を取って家の中へ入れたが、その手は氷のように冷たかった。
その夜から加代が世話をしてくれたので、石田の病気も良くなり、仕事に復帰するまでに快復した。
石田は五日毎に城の警護で朝帰りをしていが、その時に限って加代の目がキラリと光り、髪が濡れていることを不審に思っていた。
そんな時、同僚から「加代が蛇池に立っていた」という話を聞き、石田は不安を募らせていった。
そして次の警護の夜、加代の様子を探るために城を抜け出して家に戻ると、中からバタバタと畳を打つ音が聞こえてきた。
雨戸の節穴から覗いてみると、布団の上に大きな白蛇が横たわっており、その周りを生まれたばかりの子蛇が這い回っていた。
石田は驚き、故郷の信濃へ逃げ帰ったが、追いかけてきた加代の化身の白蛇に殺されてしまったという。
それ以来、城は「蛇山岩尾城」と呼ばれるようになった。(『北はりま、丹波昔ばなし百話』)

『由緒を尋ねて』「和田の蛇山岩尾城」
『北はりま、丹波昔ばなし百話』「蛇山岩尾城のいわれ」より


蛇山岩尾城の話は幾つかの書籍に載っていますが、それぞれ内容が微妙に異なっています。
丹波の古地誌『丹波志』にも蛇山岩尾城の話がありますが、和田斉頼が兵部介殺害後に亡霊に悩まされるという記述はなく、蛇を出産した妻の話も「斉頼家臣の足軽の妻が夜に城へ通い、やがて大量の蛇を産んだ。その後足軽は故郷の信州に帰ったが、追って来た妻に噛み殺された」という内容になっています。
また『山南町誌』では、斉頼が兵部介を殺害するエピソード自体がなく、蛇を産んだ妻の話だけ書かれています。
その内容は「斉頼家臣の岩尾吉助の妻が毎夜城山に通い蛇の子を産んだ。出産を見られた妻は鬼女に姿を変え、信州に逃げた吉助を追いかけて喰い殺した」とあり、妻が鬼女に変身するシーンが加えられていますが、話の流れは『丹波志』とよく似たものとなっています。
いずれもストーリー展開はだいたい同じですが、本文の参考資料『由緒を尋ねて』以外は家臣の男が妻(恋人)に殺されるエンドになっています。救いがない。
ちなみに岩尾城がある城山は中腹に岩が連なっていて、まるで蛇が横たわっているように見えることから、その山の背に築かれた城を「蛇山岩尾城」と名づけたとも言われています。(『山南町誌』)


伝承地:丹波市山南町和田