丹波・丹後の妖怪あつめ

京都府北部(丹波・丹後地域)の怪異妖怪伝承を紹介するブログです。

天女

浮島の天女

浮島の天女 (うきしまのてんにょ)


昔、舞鶴の浜の近くに浮島という小島があった。
ある時、男が浮島へ魚釣りに行ったが、全く釣れず、退屈で眠ってしまった。
ふと目を覚ますと、どこからか何とも言えない香りが漂ってきた。
島の北側に生えた松を見上げると、柔らかそうな白い布が風にたなびいていた。
その近くの岩場では、白い肌や乳房が透けて見える程の薄い衣を着た女が、海に足を浸けて楽しそうに水面を叩いていた。
男が松にかけられた布を手に取ると、とても軽く、麝香のような香りがした。
すると女が近づいてきて、手振りで「布を返してくれ」という仕草をするので、男が布を差し出すと、ふわりと浮いて女の手の中に収まった。
そして女は布を纏うなり、岩陰に隠れてしまった。
その途端、水面から沢山の魚が飛び上がったので、男は女のことも忘れて釣りに夢中になった。
すると岩陰から白い煙が上がり、白いものが空へ昇っていった。
男は沢山の魚を持って家に帰り、母に今日の出来事を話すと、「それは羽衣だ。良いことをしたね」と言われた。
それ以来、布がかかっていた松を「羽衣の松」と呼ぶようになった。

『舞鶴の民話 第二集』「羽衣の松(新舞鶴)」より


おそらく女は天女で、素直に羽衣を返してくれたお礼に魚を釣らせてあげたのでしょうか。


嶋満神社
溝尻の嶋満神社。
小高い山の上に社殿があります。
かつて嶋満神社一帯は海でしたが、現在は埋め立てられて住宅地になっています。


嶋満神社遠景
嶋満神社遠景。
木々に覆われて社殿は見えません。
嶋満神社がある小山は、潮の満ち引きで浮き沈みしていたことから「浮島」と呼ばれていました。
神社の案内板によると、昔この辺りは船の要港で、度々妖族が侵入していたため、浮島の山頂に宇佐大神を祀り、八幡嶋満大神として崇敬したそうです。
残念ながら「羽衣の松」は現存していません。

ちなみに、京丹後市峰山町にも天女の伝説がありますが、こちらは強欲老夫婦のせいで天女がひどい目に遭う話になっています。

●比治山の天女伝説
ある老夫婦が比治山の真名井の池で天女を見かけ、羽衣を隠した。
羽衣をなくし、天に帰れなくなった天女は老夫婦に引き取られ、十余年を人里で暮らした。
天女は万病に効く酒を作ることが出来たので、老夫婦はそれを売って大富豪になった。
すると老夫婦は「お前はうちの子じゃないから出て行け」と言って、天女を追い出した。
天女は天に帰ることも出来ず、悲嘆に暮れながら村々を放浪した後、船木の奈具村に留まった。(『丹後国風土記逸文』)


伝承地:舞鶴市溝尻・嶋満神社周辺


乳神

乳神 (ちちがみ)


見内の奥に“乳神”と呼ばれる岩がある。
この岩は乳の出ない母親に霊験があると伝えられ、子供のよだれかけや着物が供えられている。

伝承①
昔、見内の奥山に赤子が捨てられ、母を呼び乳を求めて泣き叫んでいた。
すると近くにあった岩の裂け目から乳が出始め、赤子はそれを飲んで育ったという。
今もその岩には乳が流れたような白い跡が残っている。

伝承②
昔、ある村人が丹波へ通じる山道の奥で木を切っていた。
すると、天から美しく気高い姿の天女が雲に乗って降りて来た。
天女は岩の上で胸をはだけて乳を搾ると、やがて雲に包まれて天国へ昇って行った。
それ以来、その岩を“乳神”として祀るようになったという。

『郷土史「我が郷土」池内』「乳神」より


池内地区の広報誌『ふるさと池内探検隊ニュース 第6号』によると、乳神の岩は峠にあって参拝が大変なので、代わりに麓の池ノ内下公民館の横に弁財天として祀ったそうです。


弁天(乳神)社
池ノ内下公民館横の弁財天(乳神)社。
妙見社・天王社・大川社と共に祀られています。
(弁財天の社は右から二つ目)


ちゝ神
弁財天社のアップ。
札には「ちゝ神」と書かれています。
七福神繋がりなのか、中には恵比寿、大黒天、布袋の像が奉納されていました。


向かい合う社
弁財天社の前には山の神社と稲荷社があり、三つの社が向かい合うような形で祀られています。
(左が稲荷社、中央が弁財天社他、右が山の神社)
何だか面白い配置ですね。


伝承地:舞鶴市池ノ内下(乳神の岩の位置は不明。丹後峠の奥?)


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