丹波・丹後の妖怪あつめ

京都府北部(丹波・丹後地域)の怪異妖怪伝承を紹介するブログです。

樹木

スーヲ

スーヲ


丹波国何鹿郡の御千嶽(弥仙山)の頂上に“スーヲ”という名の大木があった。
ところが、この木の影が丹後の海に映って漁の邪魔になるため、漁師たちは困っていた。
そこで漁師たちはスーヲを切り倒そうと思い、道具を持って山に登ったが、木はどこにも見当たらなかった。
不思議に思いながら下山すると、いつものようにスーヲの木の影が海に映っていたという。
御千嶽の神は向かいの松尾山より自分の山が低いことを気にしており、スーヲがあることで両山は同じくらいの高さに見えていた。
だがスーヲがなくなれば御千嶽がみすぼらしくなるため、神が木を惜しがって隠したのだという。

『日本伝説集』「箒木」より


天を衝く巨樹の伝説は各地にあり、『日本書紀』には筑紫後国三毛(福岡県大牟田市三池)に九百七十丈(約2.9km)の椚の倒木があり、人々はその木を橋にして往来したと記されています。
この椚が立っていた時は、樹影が朝には杵島山(佐賀県)を、夕方には阿蘇山(熊本県)を隠してしまうくらいの大きさだったんだとか。
また京丹後市には「神代杉」という空高くまで伸びた六本の大杉があり、この杉の先端が擦れ合って火が上がっているところを通りすがりの八百比丘尼が目撃したという変わった伝説があります。
ちなみに山田野理夫の『おばけ文庫 6 たんたんころりん』にも本文と同じ話がありますが、何故か大木の名前は「スー」ではなく「スー」となっています。「ヲ」を「ラ」と読み間違えた?


伝承地:綾部市於与岐町・弥山山


龍灯杉

龍灯杉 (りゅうとうすぎ)


慶長五年(1600)九月の夕方、柳原の阿良須(一宮)神社で原因不明の火事が起こった。
するとその夜、宮山にある老杉の上枝から長く光明が放たれた。
これは龍祭りの神(?)が一宮大神を守護しているのだと考え、老杉を“龍灯杉”と呼んで敬った。
節分の夕方に火の光が灯ったこともあり、人々は神の成せる業だと言い合っていた。
だが、龍灯杉は明治三年(1870)八月七日に起こった暴風雨で倒れたため、伐採されてしまったという。

『舞鶴の民話 第四集』「龍燈杉(小倉)」より


*参考資料は「龍灯(燈)」「龍頭」と表記ゆれがあったので、当ブログでは「龍灯」に統一しました。

慶長五年の火事の原因は不明とされていますが、『加佐郡誌』に「慶長五年、福知山城主・小野木重勝が丹後田辺城を包囲した際、阿良須神社に火をかけた」という記録があり、このことから神社が燃えた原因は兵火によるものだったと考えられます。
その後、阿良須神社は田辺城主・細川忠興によって柳原から遷宮され、現在地の小倉に再建されました。

また、阿良須神社が柳原から小倉へ遷宮された時、境内にあった「龍灯の池」という池も一緒に移されました。
長雨や炎天の時にこの池に祈れば神様(一宮大神)がすぐに応じ、雨は止み災難は去るとして厚く信仰されていたそうです。

阿良須神社
小倉の阿良須神社。
元々阿良須神社があった「柳原」は、今の舞鶴市田中(小倉の北)の辺りで、丹波道主命が青葉山の土蜘蛛・陸耳御笠を征伐した時、神奈備の浅香の森(柳原の森)に豊受大神を祀ったことが創始とされています。

阿良須神社本殿
阿良須神社本殿。
境内をぐるりと回ってみましたが、龍灯の池らしきものは見つけられませんでした。
涸れてしまったんでしょうか。

龍灯が灯る木


伝承地:舞鶴市田中(小倉)


柏原の天狗

柏原の天狗 (かいばらのてんぐ)


今回は丹波市柏原町に伝わる天狗の話を五つ紹介します。

挙田の崖の上に、天狗松という大きな松があった。
この松を切ると祟りがあると言われ、誰も手をつけなかった。
昔、この松に天狗が棲み、梢から由良の愛宕山(氷上町)目がけて飛んで行ったという。

北中の長助という猟師が山へ猪狩りに行った。
山中で猪を待ち構えていると、そばにあった六本の樅の木が大きな音を立てて揺れ出し、大蛇が現れた。
長助は驚き、大蛇目がけて鉄砲を撃ったところ、鼻の高さが30cmもある真っ赤な大きい顔の天狗が現れ、「こら長助、これ以上撃つならお前の命をもらうぞ。命が欲しけりゃとっとと消え失せろ」と怒鳴った。
長助は肝を潰し、転ぶようにして山を駆け下りたという。

沖田の杢助という男が山へ猟に行き、大きな鳥に鉄砲を向けて撃とうとした。
すると「こら待て」という怒鳴り声と共に天狗が現れ、杢助の鉄砲を掴み、見る間にへし曲げてしまった。
杢助はあまりの恐ろしさに飛んで帰った。
数日後、再びその山へ行ってみると、へし曲がった杢助の鉄砲が捨ててあったという。

三人の百姓が権現山の中腹に小屋を建て、泊まり込みで炭焼きをしていた。
ある日の夜、三人が小屋で夕食を食べていると、突然、獣の遠吠えのような唸り声が聞こえて来た。
一人で外に出るのは怖いと、三人は連れ立って小便をしに小屋を出ようとしたが、いきなり天狗が飛び込んで来て睨みつけた。
肝を潰し、腰を抜かして震える三人をよそに、天狗は小屋の真ん中に座り込み、睨みつけながら酒や握り飯を平らげた。
そして天狗は赤い顔を更に赤くして、三人を睨みつけたまま、ずっしずっしと小屋から出て行ったという。

江戸時代、柏原藩の家臣に、星合と滝という武術に優れた侍がいた。
だが禄高は滝の方が上だったので、星合は悔しがり、権現山に「力をお与え下さい」と願をかけ、毎晩山に登って槍の修行に励んだ。
そして二十一日目の満願の夜、星合が山頂で一心に祈っていると、大地が裂けるような轟音が響き、背の高い天狗がにょっきと現れた。
星合が槍を突きつけると、天狗はその穂先を掴んでげらげらと笑い「お前はなかなか勇気がある奴じゃ。日頃の熱心な修行に免じ、天狗の力を授けよう」と破れ鐘のような声で言い、空高く舞い上がって姿を消した。
星合は不思議に思いながら家に帰り、風呂に入って汗を流し、手拭いを絞った。
すると、手拭いはばりばりと音を立ててねじ切れてしまった。
仕方なく別の手拭いを出して同じように絞ったが、またもやねじ切れてしまったので、星合は「これは天狗が授けてくれた力に違いない」と言って喜んだ。
それから間もなく、星合と滝は藩の殿様の御前で試合をすることになった。
試合が始まり、互いに槍を交わした瞬間、星合は滝の槍を跳ね上げた。
すると、それ程強い力で跳ねたわけでもないのに、滝の槍は軽々と空に舞い上がった。
こうして星合は試合に勝ち、その後、滝を凌ぐ禄高を得たという。

『柏原の民話とうた』「天狗五話」より


荒っぽい天狗が多い。


伝承地:丹波市柏原町挙田、北中など


酔醒柿

酔醒柿 (よいざましのかき)


昔、大江山の酒呑童子は手下と共に丹後の市野々へ行き、小天橋(*)が眺められる絶好の場所で酒宴を催した。
やがて鬼たちは酔っ払って熟睡し、夕方頃に目を覚ましたが、未だに酔いが醒めておらず、足許がふらついて困っていた。
その時、ふと近くの柿の木を見ると、大きな実が熟していたので、その実を取って食べてみたところ、何とも言えない良い味がした。
すると手足のふらつきも治ったので、鬼たちは「この柿は二日酔いによく効く」と言って大江山に引き上げたという。
この柿の木は根元の直径が2mもある大木で、市野々村ではこの柿の実を食べると中風(脳卒中)にならないと言い伝えられている。
また、木に触れるだけで悪酔いが治るとも言われている。

『但馬の伝説』「酔醒柿」より


家の庭に生えていてほしい。

(*)小天橋は久美浜町の北部にある砂州のこと。西天橋とも。


伝承地:京丹後市久美浜町市野々


孝行蓮

孝行蓮 (こうこうはす)


東別院村東掛に心学(石門心学)の創始者・石田梅岩の生家があり、そばの池に蓮が植わっている。
ある年の冬、病床の梅岩の母が「蓮の花が見たい」と願った。
冬に花は咲かないと思いつつ、梅岩が池に行くと、不思議なことに蓮の花が咲いていたという。
そのことから、この池の蓮は“孝行蓮”と名づけられた。

『口丹波口碑集』「冬のはすの花」より


ほっこりするお話。


伝承地:亀岡市東別院町東掛


おくぬぎさん

おくぬぎさん


大迫地区の中央の高台に“おくぬぎさん”と呼ばれる椚の大木がある。
大原神社(福知山市三和町)の神様が美山の樫原(南丹市)へ出向いた時、この椚の所で休息したと言われている。
現在の椚は二代目で、先代の椚が枯れた年は悪疫が流行したという。
今もこの場所に鍬を入れることは恐れられ、古い神々の御札の納め場所となっている。

『和知町 石の声風の音』「大迫のおくぬぎさん」より


大迫集落では大晦日の晩から松の内まで、炉で焚くための木は椚しか使わなかったそうです。(椚は「苦抜き」に通じることから)



伝承地:京丹波町大迫


  • ライブドアブログ