丹波・丹後の妖怪あつめ

京都府北部(丹波・丹後地域)の怪異妖怪伝承を紹介するブログです。

火の玉

大きな赤い玉

大きな赤い玉 (おおきなあかいたま)


昔、印内山から時々火の玉が出ると言われていた。
寺山翠という人が子供の頃(昭和初期?)、数人で福知山市街へ芝居を見に行った帰り道の話である。
夜道を歩いて帰り、土村と前田村の境辺りまで来た時、北にある印内山から大きな赤い玉がパッと現れ、東の山の方へ飛んで消えた。
すると、今度はその東の山から赤い玉が出て、元の印内山へ隠れるように消えた。
これは、山に六部(雲水)が埋めてあるからだと言われていた。
また、土村では毎年秋祭の日に村芝居が行われたが、祭が終わって夜になると、狐が芝居の真似をして山が騒がしかったという。

『語りつぐ 福知山老人の知恵』「お仙さん」より


埋められた六部の魂的なものが火の玉となって山から山へ飛び回っていたんでしょうか。


伝承地:福知山市印内


田圃の火の玉

田圃の火の玉 (たんぼのひのたま)


本庄上の藤原国蔵氏が語った話。
昔、本庄上のある家の嫁が子供を産んで死んだ。
嫁は生前、妊娠中でも田植えを休むことが出来ない己の境遇を嘆き、「火の玉か幽霊になって出ちゃる」と恨み言を吐いていた。
すると嫁の死後、田圃の水口に火の玉が出ると噂になった。
その頃、国蔵氏の叔母は本庄宇治の家に嫁いでいたが、ある時、ナガタン打って(*)実家に帰ろうとした。
そして蓑の陰に隠れていたところ、田圃の水口から火の玉が出たという。
叔母を捜しに来た女たちもその火の玉を目撃し、「田圃のところに火の玉が出とる」と言って大騒ぎになった。
叔母は隠れたまま黙って見ていたが、火の玉は一時間程出ていたという。

『京都府伊根町の民話 泉とく子・藤原国蔵の語り』「火の玉」より


(*)「ナガタン(菜切り包丁)打つ」とは、嫁が嫁ぎ先にいるのが耐えられなくなり、実家に逃げ帰ること。一時的なものらしい。


伝承地:伊根町本庄上


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