月の輪 (つきのわ)


二箇村と苗代村の境に“月の輪”という三日月形の小さな田がある。
この田は地頭(領主)も祟りがあると言って除地にされているが、米を作らなければ両村に祟りがあるという。
そのため、二箇村の義右衛門という男が身を清め、炊事の火を別火にして米を作った。
この田で出来た米は伊勢神宮の御師・幸福出雲太夫へ初穂として献上し、稲藁は全て田の中へ入れ、翌年の肥料にしたという。
また、不浄の肥料を入れたり、女が田に入ると祟るとも言われている。

『丹後国中郡誌稿』「名勝」より


月の輪田
二箇の月の輪田。三日月田とも。
豊受大神が清水戸に浸した種籾を蒔いて稲作をし、とれた稲種を天照大神に献上したという伝説があり、稲作発祥の地だと伝えられています。(『現地案内板』)
日本各地にある月の輪田の伝承地の中で、三日月型の田圃が現存しているのはここだけなんだとか。
元々は少し離れた場所にありましたが、昭和四十二年(1967)の耕地整理の際に現在の場所に移されたそうです。
その後は長らく耕作放棄地になっていましたが、月の輪田復興のため、平成二十五年(2013)から古代米の栽培が行れるようになりました。(ウェブサイト『ようこそ月の輪田と清水戸』)

ちなみに、かつて舞鶴市田中にも「月代田」という三日月型の田圃があったらしく、そこは美しい少年のような天女が拓いた田圃だと伝えられています。(『舞鶴の民話 第四集』)


伝承地:京丹後市峰山町二箇