丹波・丹後の妖怪あつめ

京都府北部(丹波・丹後地域)の怪異妖怪伝承を紹介するブログです。

オカマサン

オカマサン


大原神社の前にある水門(みなと)の淵は“オカマサン(お釜さん)”と呼ばれている。
遙か昔、天児屋命が宮地を求め、大原山麓の水門の淵を訪れた。
すると水底から金色の鮭が現れ、「私はこの水底に棲み、数千年間この山を守っている者だ。山頂には白幣と青幣があり、いつも光を放っているので、まさにここは神が鎮座すべき霊地である」と告げたため、天児屋命は大原を宮地に定めたと伝えられている。
この淵には、もし村に悪いことがあれば鱒が現れ、不浄のことがあれば鮭が浮かび出るという。
そのため、大原の人々は大正の末頃まで鱒と鮭を食べなかったという。

『丹波志』巻之一「神社部 天田郡」
『丹波地区民俗資料調査報告書』「オカマサン」
『神社案内板』より


オカマサン
水門の淵。通称オカマサン。
大原神社のすぐ目の前にあり、この淵は流れてくる不浄を濯いでくれると言われています。

牛の足跡
左側の白い岩には小さな窪みがぽこぽことついています。
これらの窪みは神が乗っていた赤い牛(黄色い牛とも)の蹄の跡だとされています。
そのため、大原の人々は赤牛を飼わず、牛肉も食べなかったんだとか。食べられないものが多い。

飛瀧峯社
オカマサンの水底から現れた金色の鮭は、大原神社本殿横にある摂社に「鮭魚化神(さけのけしん)」として祀られています。
摂社は七柱の神が合祀されていて、一番左の社が金色鮭を祀る「飛瀧峯社(ひろうほうしゃ)」です。名前がカッコイイですね。


金色の鮭に乗って現れた神様。


伝承地:福知山市三和町大原


鮭に乗った神

鮭に乗った神 (さけにのったかみ)


顕宗天皇元年(485)三月二十三日の夜、由良の湊の野々四郎という男が海で釣りをしていると、突然水面が光り輝き、昼よりも明るくなった。
見ると、白い着物を着て金色の鮭に乗り、左手に蚕、右手に五穀の種を持った異人が現れた。
異人は「私は上古の神である。今から大川の里まで行こうと思っているので、このことを村人たちに告げ、すぐに神籬を立てて祀りなさい」と言った。
更に翌年(486)の正月二十八日にも、大川村の八歳の子供が四郎と同じお告げを受けた。
そして同年三月二十三日に天皇から社殿造営の勅命が下り、九月二十三日に大川明神を勧請して祀ったという。
このため大川神社では、正月二十八日、三月二十三日、九月二十三日と年に三度祭を行っている。

『丹哥府志』「大川神社」
『京都の伝説 丹後を歩く』「鮭に乗った神」より


大川神社
大川神社。
大川神社の祭神は保食神とされています。
(『日本書紀』にある食物神で、口から吐き出した食べ物で月夜見尊を接待したらブチギレられて殺され、その死体から蚕や穀物、牛馬が生まれた)
本文の鮭に乗った神が蚕と五穀の種を持っていたのは、保食神の伝承と関係がありそうですね。
創建時は西の徹光山の頂上に鎮座していましたが、麓の由良川を往来する船に祟りがあったため、後に山腹へ移されました。
ちなみに野々四郎は本文の神(女神とも)を背負って徹光山に登りましたが「戻る途中で振り返るな」という神との約束を破り、由良川の川端で振り返ったところ、たちまち死んでしまったそうです。


大川神社本殿
大川神社本殿。
大川神社の使いは狼と言われていて、昔から大川地区には狼の害がなかったそうです。

同神社には「御駒」と呼ばれる30cm程の石の狛犬があり、疫病の流行や狐狸が祟りをなした時に「御駒」を借りると、その村へ狼が来て狐狸妖怪などから守ってくれると言い伝えられています。(『丹哥府志』)
また佐土原藩の修験者・野田成亮の巡礼日記『日本九峯修行日記』にも大川神社の御駒についての説明があります。
こちらでは「神前に祝詞を捧げて御守り(御駒のこと?)を借りれば狼の害を防ぐことが出来る」とあり、更に「願いが叶ったら約束した期日までに御守りを返す習わしだが、もし返さなければ悪犬というものが借りた人につきまとうらしいので早めに返した方がいい」と、御守りを返却しない人へのペナルティも記されています。
悪犬が何かはわかりませんが、名前からしてあまり良い存在ではないっぽいですね……。


野々宮神社
こちらは野々宮神社。
大川神社正面の国道沿いにあり、同神社の御旅所とされています。
『丹後国加佐郡旧語集 下巻』によると、川端で振り返って死んだ野々四郎を祀る社だそうです。


亀→鯉と乗り換えて川を遡上した神


伝承地:舞鶴市大川・大川神社


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