鯰ヶ淵 (ねんがぶち)
今回は、かつて久美浜の畑集落にあった“鯰ヶ淵”にまつわる話をまとめて紹介します。
①
昔、畑集落の街道沿いに「鯰ヶ淵」という淵があった。
ある男が伊勢参りの途中、鯰ヶ淵で又右衛門と名乗る男に出会い、二人で参詣することにした。
だが不思議なことに、又右衛門は道中の宿に泊まっても、決して風呂に入らなかった。
そして伊勢参りを済ませ再び鯰ヶ淵まで戻って来ると、又右衛門は男に別れを告げ、鱗皮の財布を渡して忽然と姿を消した。
又右衛門は鯰ヶ淵の主の大鯰だったという。(『熊野郡伝説史』)
②
昔、鯰ヶ淵に「又右衛門」と「いと」という大鯰の夫婦が棲んでいた。
ある日、村の男が大雨で崩れた土手の様子を見に行くと、荒れた田圃の水溜まりに大鯰が流れて来ていた。
男は大鯰を捕まえ、籠に入れて出石(兵庫県豊岡市)へ売りに行こうとした。
ところが鯰ヶ淵の前を通った時、淵から「いと、どこへ行く」という声がした。
すると大鯰が「ああ、私は出石へ行くんだなぁ」と言って籠から飛び出し、淵の中へ姿を消したという。(『久美浜町の昔話』)
③
鯰ヶ淵はどれだけ日照りが続いても、決して涸れることがなかったという。
ある年、村が旱魃に見舞われ、人々は鯰ヶ淵の水を汲み出して使おうと考えた。
ところが水を汲み出している途中、村に火の手が上がったので、人々は急いで現場へ駆けつけた。
だがどこにも火事の痕跡はなく、不思議に思いながら戻ると、淵は再び満々と水を湛えていた。
その後もそれが何度も繰り返されたので、人々は怖くなり、誰も淵に手をつけなくなったという。(『京都府熊野郡誌』)
『熊野郡伝説史』「鯰ヶ淵(川上村)」
『久美浜町の昔話 ふるさとのむかしばなし』「鯰が淵の話」
『京都府熊野郡誌』「鯰ヶ淵又右衛門」より
①は『久美浜町の昔話』にも載っていますが、こちらでは「又右衛門は伊勢参りの道中、猫のいる宿には絶対に泊まらなかった」というエピソードが追加されています。猫に食べられるから?
②はいわゆる「物いう魚」タイプの話で、他の地域にも類話があります。
→ものを言った大魚(丹波篠山市)
③は久美浜町油池に同じタイプの話があります。
③は久美浜町油池に同じタイプの話があります。
ちなみに鯰ヶ淵は『京都府熊野郡誌』では「まなずがぶち(なまずがぶちの誤記?)」、『久美浜町の昔話』では「ねんがぶち」と書かれ、それぞれ読み方が違っています。(『熊野郡伝説史』は振り仮名なし)
正しい読みがわからなかったので、とりあえず当ブログでは「ねんがぶち」を採用しました。
伝承地:京丹後市久美浜町畑(鯰ヶ淵は現存していない)

